提起
「それにしても」
そう僕は切り出す。
「よく僕を雇う気になりましたね……色々と知った上で」
率直にこう聞ける機会は。
今を置いて、他にない気がした。
「――最初は、実に単純な話だったのだよ」
やや渋い口調で、老宰相。
「なにしろ、我が国には人が居ないのだからね。その辺りのことは、君なら分かるはずだ」
確かに、その通りではあった。
ロシア語と日本語。
ふたつの言葉を行き来できる通訳。
土壇場でのその調達は、確かに容易ではない。
人材の払底。
「人が即席に育つ訳もない。と言って、仲介役のアメリカに頼り切る訳にも行くまい」
より正確に言うならば。
実のところ、それは払底ですらない。
東の果ての小国。
その国の言葉を学んだところで、ふだん何かを見込めはしない。
平時で学ぶのは必然、かなりの物好きに限られる。
戦争の調停には、その物好きが必要とされた。
いざという時の財である物好き。
そんな者たちの存在を、平時に担保するものは何か。
他でもない、大国としての地力だ。
余裕、そう言い換えても良い。
その地力はもはや、今のロシアに無い。
そこまでは分かる。
「……そこじゃない、ですよ」
そこまでは、僕にも分かってはいる。
けれども今は、その話ではない。
「僕がしているのは、能力以外の話です」
そしてその事は、老宰相も察しているはずだった。
これはだから、意志表示だ。
その先を聞きたいとの意志の。
「ふむ。どうやら、誤解があるらしい。私にしても、彼女からすべてを告げられたわけではないのだよ。その事は、強調しておいたほうが良さそうだ」
「すべてではない、とは?」
「君を候補とする推薦状に、何もかも書かれてはいなかった。単に、それだけの事だよ――一連の、君の出自までは書かれていなかったと言うね」




