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魔王少女スターリナ  作者: 祭谷一斗
1896年、グルジア
32/350

潜行

 手持ち無沙汰になり、僕はわずかばかりの、自分の荷物を確認する。


 バッグの中にあるのは、一冊の本と銅製の水筒、それにハンカチだけだ。

 ショルダーバッグ、と言えばいいのだろうか。

 無論、化学繊維はまだ存在していない。

 恐らくはなめし皮と布でできた、小振りながらも丈夫なバッグ。

 古びているとは言え、僕のいた時代ならたぶん、それなりに値段がついただろう。


 一冊だけの本は、グルジア語の辞書。

 もちろん、本文はほとんどロシア語だ。


  ――街にとけ込むつもりなら、共通語(リンガフランカ)よりもグルジア語を覚えるべきよ。


 それが彼女の判断だった。

 僕としても、全く異論はなかった。

 旅をしてみて、英語で押し通すより現地言葉の方が反応がいい。

 そんな風なことは、それなりに経験済みだった。

 巧拙はさておき、よそびとが母国語を話して、悪い気はしないだろう。


 もっとも、たとえば元の日本に戻るようなことがあると、4,50人にしか通じないのだけど。

 ロシアとトルコに挟まれ、カスピ海と黒海に挟まれた山国。

 あの頃、僕にとってのグルジアは遠い、ひどく遠い土地だった。

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