表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王少女スターリナ  作者: 祭谷一斗
1905年、日本海
316/350

紫煙

 相手の名前は知らなかった。

 名乗り合うほどの平穏など、この救命ボートにはまだ無い。

 なので今は仮に、ミドヴェーチと呼ぼう。

 あらためて、目の前の熊を見る。

 顔ではない。

 特にどこを見るともなく、全身を。

 熊の周囲、紫の煙にも似たものが見える。

 決して錯覚ではない。いっそ明快な紫。


 踏まえてもう一度、顔を見る。

 なぜ話を聞こうとするのかと言う、それは困惑。

 紫と困惑。確かに、分からなくもない。


 同時に、分かることもあった。

 なるほど、と僕は思う。

 相手の感情を察せるにしても、だ。

 感情を素直に表する相手では、意味が薄いのだと。


 僕が見た色。

 誓って、それは嘘ではない。

 けれども、偽物ではないというだけだ。

 本物であっても、それがささやかな事もある。

 虚空から花を取り出せたとして、その花が手品より地味ならどうか。

 それはつまり、手品よりもつまらないという事ではないか。


 本物ならば、いかに本物ならではと思わせるか。

 逆にあるいは、いかに何ひとつない(・・・・・・)と思わせるか。

 結局は工夫次第、ということになるだろう。

 ――そしてそれは、きっと手品でも同じ話なのだろうけど。


「聞かせて欲しい、だと?」


 その口調に、問い詰める様子はもはやない。


「お前に何が分かる。それとも、時間稼ぎか?」


 分からないとの、それは表明だった。

 この分からなさが解けるなら、付き合わなくもないとの。

 とは言え、時間稼ぎとの邪推は当たっている。

 背丈の高さだけではない。

 勘の方も、決して悪くはなさそうだ。

 熊の紫が淡くなっていく。

 考える内、落ち着いていくのが分かる。


「――こっちの方の話は言ってもいい。だが先にいま、その意味とやらを言ってみろ」


 さて、どうしたものか。

 思案する内にも、熊は続ける。


「もし出任せなら」

「違う」

「なら!」

「違うけれど、いま言えるのは君にだけだ。目の前の鉄塊の、意味――」


 言葉を探りながら、つぶやく。


「意味。いや、使いようと言えばいいかも知れないけど」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ