真相
目の前の赤子。その母親のこと。
何とも、らしい言い回しだった。
決して自分のこととは言わない。
あくまでも、母親のこと。
そうやって他人事のように、ここ数年を語るつもりなのだろう。
僕のいなかった、ここ数年のことを。
僕は頷き、そのまま促す。
「聞くよ。その子の――その子の、母親のことを」
それから、彼女は話した。
宮廷で見初められたこと。
異国へ嫁いだこと。
三人の娘が生まれたこと。
やっと跡継ぎとして、この子が生まれたこと。
そして今、やむなく預かっていること。
「――これが今のロシアのこと。そしてこの子、この子の母親のこと」
……気づかなかった。
それが素直な感想だった。
ほとんど、そうとしか言いようがない。
母親が誰かなんて決まっているはず。
その思い込みを見事に突かれた。
いや、突かれたとの感情こそ、まさに思い込みだったのだ。
ヒントは? 思えば確かに、いくらでもあった。
たとえば、直接は乳をあげていないこと。
これはある意味、当たり前の話だ。
たとえば……やけに敷き詰められた毛布。
あれはきっと、怪我をさせないためだろう。
一度怪我をすれば、長く後を引く。
たとえそれが、単なる内出血であっても。
「いや……とんだ道化だね……」
思わず、自嘲が入る。
いわば錯覚で、無謀な勝負を挑んだのだ。
魔女相手の、無策同然の賭けを。
ただただ、ひと言聞けば良かったのに。
「遅くなったけど…‥その子の名前、聞いていいかな?」
「ええ」
彼女は頷き、答える。
「アレクセイ君――アレクセイ・ニコラエヴィチ・ロマノフ」




