裸の王さま
魔女のかたわら、ひと抱えほどの木の揺りかご。
敷き詰められた茶色い毛布に、ひとり赤子が眠っている。
寝息は静かなものだった。
男の子に見えた。少なくとも衣服の形からは。
派手な飾りこそ付けてはいない。
けれどその白さは、目を引くに十二分だった。
よく手入れされた、衣服の色。
その白さはすなわち、魔女の立場を示してもいる。
それを裏打ちする水も石鹸も、誰もが手に届く代物ではないのだから。
皇帝のお気に入りならではの力。そう見てまず間違いない。
衣服。赤子でさえ、衣服を着ている。
誰もかも、もはや裸で生きることはできない。
僕も、そして恐らくは、目の前の魔女も。
――ほんのひととき、ベールを剥ぐことは出来たとしても。
「“けれどすべては流れ去り、血は心の中で冷えこごり”……」
「詩人、好きなの」
「きらいな人の方が珍しいと思う。君は?」
わずかに考える間。
「無謀な決闘で早逝したくはないわ」
「……そもそも、まだそんな歳じゃないよ」
あくまでも、まだそんな歳でないだけだ。
詩人の没年から、そう遠くはない。
仮に、と想像する。
艦隊の一員のまま、海戦に赴くとして。
初夏の日本海を、僕は生き延びることができるのだろうか。
「いまさら、戻れる歳でもないけどね」
「こちらとしては、そうでもない――率直に、人手が足りない」
その言葉を、素直には受け止めづらい。
悲しいかな、もはや無防備ではない。
「たとえば?」
暗い試みで、そう僕は尋ねる。
「具体的に何の人手なのかな、ちょっと思いつかないのだけど」
「日本語。こちらには、日本語をまともに読めるひとが居ない」
「へえ、でも通訳くらいは――いや。間諜か」
なにがしか、諜報がかすめ取ったとして。
それが読めなければ、単なる無駄骨だろう。
ひらがな、漢字、カタカナ。
文字を読めるには、年単位を必要とするはずだ。
「それが知識であることを祈るわ」
肯定しつつ、それ以上に踏み込みはしない。
利敵行為に関与しているならば、看過はしがたい。
確かめない選択肢。
それもまた、時に必要なのだろう。
「ともあれ、こちらには必要とする理由がある――10分、経ったけど」
言われて、時間に気づく。
僕はあわてて頷き、片隅のトランプを取り出す。




