試合7
数分前の状況はきれいに霧散していた。
圧倒的有利を覆されたとの事実。
半ば予想はしていたものの、動揺は隠せない。
――まいったよ。
――君の方が強い。
いっそ、そう言ってしまいたかった。
軽口めかせて降参すれば、これまでの一切が不問になる事だろう。
……彼女を相手に、無謀な勝負を挑む真似さえも。
思いながら、彼女のかたわらの赤子を見る。
この子の父親も、あっさり教えてくれるかも知れない。
けれども、そうはできなかった。
反発か臆病か。
あるいはそれとも、意地にも似た何か。
うまく言いかねる心が、その場での投了を拒んでいた。
肺を水で満たす思いでありながら、なおも。
「あなたの権利は」
その意地を見透かすように、彼女。
「天才を指導する権利、でどう」
その名詞が誰を指すのか。
今や明らかすぎるほど明らかだ。
言葉には無論、自惚れなどない。
なぜなら、それは単に事実なのだから。
いや、と僕は思い直す。
それはむしろ、真実とでも言うべきではないか。
「私の師。そう名乗り、また称される権利――それが、改めて私と組む報酬。見返りとしては、十分と思うけど」
俗世の地位でもなければ、はした金でもない。
彼女も、分かってはいるのだ。
生半可なことで、こちらが心を動かさない質なのは。
そして恐らくは、こちらがそう察していることも。
ある意味、僕らはひどく分かり合えていた。
考えながら、僕はある作品を思い出していた。
彼女に話したことはない。
その本が出るのは、今からおよそ90年後のはずだった。
僕も彼女も、それまで生きてはいまい。
まだ存在しないことを話す不毛。
いたずらにそれを繰り返せるほど、僕の心は強くない。
「……ちょうど、そんな風な台詞があったよ。僕の好きな作品でね」
「主役の? それとも脇役の?」
「主役の台詞、だね」
「ろくな主役じゃないわ。きっと――悪役じゃなくて?」
「そう、だね……」
決して悪役ではない。
悪役と言い切るには、その主役は魅力的に過ぎた。
「ともあれ、返事をもらえる? できれば、5ゲーム目に入る前に」




