衝突
「恐らくは――」
言いかけたそのとき、大地が揺れる。
左半身のバランスを崩されながらも、僕は地震を疑う。
――いや地震じゃない。
ここは海、海の上だ。
慌て左手をつこうとした直後、そちらの手の不能に気づく。
その一瞬は、反応を遅らせるに十分だった。
間に合わない、でもやらないよりはマシなはずだ。
極端にゆるく流れる時のなか、僕は半身をひねり、無理矢理に右手をつこうとする。
「――大丈夫かね?」
伸ばしかけた右手を掴んだのは、他ならぬ提督だった。
机から身を乗り出し、転びかけたこちらの様子を伺っている。
その目に浮かぶはまぎれもない心配の色。
落ち着き、自身は何ともないとでも言う態度。
助けられた今ではそれが、ほんの少しだけ腹立たしい。
「ふむ、無事なようだな」
いや、私情はよそう。
船が揺れたことなど微塵も感じさせない。
素晴らしい反応速度、そしてバランス感覚だ。
こちらが深窓の姫君なら、たちどころに惚れていたかも知れない。
「ええ。お陰で助かりました、恩に着ます」
とっさに身をひねったお陰で、伸ばす途中の右手が届いたのだ。
案外、悪あがきはしてみるものらしい。
「礼なら後だ」
提督は手を放し壁に向き直り、備え付けの伝声管をとる。
その素早さに、さすがに声をかけかねた。
必然、僕もやり取りを聞くことになる。
「――何があった?」
提督の問いは簡潔だった。
普段であれば、相手を落ち着かせる声。
でも今は怒鳴り声の返答が、僕にまで聞こえる。
『船です、船と!』
「船と、どうした?」
『交戦です!』




