一室
その部屋の前にはすぐ着いた。
昼下がりで出払っているのか、見張りは誰もいない。
巡航時にまで、乗組員に負担をかける必要はないということだろうか。
「今カギを開けよう、少し待っててくれ」
食堂を出てから右に十数歩、突き当たりの通路を左に数分。
そう何十分など、かかるはずもない道のり。
それはそうだろう、船自体の大きさが、僕のいた時代とは比べ物にならないのだから。
加えて燃料――石炭が、石油よりもかなり場所を食う。
石炭は固体であって、保管に際しどうしても空気は入る。
空間を目一杯、たとえば石油のように使うのは不可能に近い。
結果、数字や見た目よりはるかに、使える場所は少ないことになる。
たいていの乗組員には、もちろん僕のような一兵卒にも、私的空間と言えるほどの所はない。
個室と、それなりに私物を置ける場所。
いま海でこれを持てるのは、相当に上の人間だけだ。
提督は、その内の一人と言うことになる。
そうここまで考えて、僕はようやく思い至る。
冷静に考えれば、そんなところに僕が入るのはどうだろう。
私物には無論、ごく私的な手紙もあるはず。
ふとしたはずみ、僕の目に触れないとも限らない。
提督に――せいぜいがペーパーナイフのひとつを――持って来させるのが無礼なら、僕が部屋の中にまで入るのもまた微妙かも知れない。
簡潔な、金属が落ちる音。
部屋のカギが空いたのだ。
「開いたよ。かなりガタは来てるが、何とか無事に」
提督がドアに手を伸ばす寸前、僕は言う。
「ここで待ちましょう」
「いや、その必要はない。入りたまえ」
「僕がいても大丈夫ですか」
「ああ、特に問題はない。君に見られて困るものも、だ」
そう言われれば、断る理由は無いように思えた。
「――では、失礼します」




