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魔王少女スターリナ  作者: 祭谷一斗
1904年、北海、ドッガーバンク
259/350

一室

 その部屋の前にはすぐ着いた。

 昼下がりで出払っているのか、見張りは誰もいない。

 巡航時にまで、乗組員に負担をかける必要はないということだろうか。


「今カギを開けよう、少し待っててくれ」


 食堂を出てから右に十数歩、突き当たりの通路を左に数分。

 そう何十分など、かかるはずもない道のり。

 それはそうだろう、船自体の大きさが、僕のいた時代とは比べ物にならないのだから。

 加えて燃料――石炭が、石油よりもかなり場所を食う。

 石炭は固体であって、保管に際しどうしても空気は入る。

 空間を目一杯、たとえば石油のように使うのは不可能に近い。

 結果、数字や見た目よりはるかに、使える場所は少ないことになる。


 たいていの乗組員には、もちろん僕のような一兵卒にも、私的空間と言えるほどの所はない。

 個室と、それなりに私物を置ける場所。

 いま海でこれを持てるのは、相当に上の人間だけだ。

 提督は、その内の一人と言うことになる。


 そうここまで考えて、僕はようやく思い至る。

 冷静に考えれば、そんなところに僕が入るのはどうだろう。

 私物には無論、ごく私的な手紙もあるはず。

 ふとしたはずみ、僕の目に触れないとも限らない。

 提督に――せいぜいがペーパーナイフのひとつを――持って来させるのが無礼なら、僕が部屋の中にまで入るのもまた微妙かも知れない。


 簡潔な、金属が落ちる音。

 部屋のカギが空いたのだ。


「開いたよ。かなりガタは来てるが、何とか無事に」


 提督がドアに手を伸ばす寸前、僕は言う。


「ここで待ちましょう」


「いや、その必要はない。入りたまえ」


「僕がいても大丈夫ですか」


「ああ、特に問題はない。君に見られて困るものも、だ」


 そう言われれば、断る理由は無いように思えた。


「――では、失礼します」


 

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