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魔王少女スターリナ  作者: 祭谷一斗
1904年、北海、ドッガーバンク
254/350

乾杯

 紅茶を飲み干し、手にした陶器を逆さにして見せる。

 乾燥のためではない、純粋に相手へ見せるのが目的だ。

 意を受け空にした旨の意志表示――つまるところ、敵意は無いとの社交辞令。


素晴らしい(ハラショー)


 同じく杯を傾け、やや混ぜ返すように提督。

 互いに見せ合った杯は、今度はテーブルへと安置される。


「――それでこそ、男だ」


ショットグラス(リュームカ)じゃないですけどね」


 プラスチックや紙コップでこそないが、格好つかないことに変わりはない。

 いや両方とも、その発明はもう少し先のことなのだけど。


「それを言えば、酒でも無いだろう。こう言うのは気分だよ」


 本来であればウォッカの一杯を、ただ気分と言い切る。

 これだけでもう、その強さ(・・)が察せると言うものだ。


 僕が知るように、提督も僕の弱さ(・・)を知っている。

 それを責めるでも振りかざすでも、ましてや隠すでもない。

 なるほど、伊達に上に立ってはいないのだ。

 ――たとえそれが、黄昏の帝政ロシアの艦隊であっても。


「では、次は我らが皇帝のために……と言う訳にもいかないな、本題に入るとしようか」


「ええ」


 僕は頷き、言葉を返す。


「お聞きいたしましょう」


 強がりなのは、もちろん分かっている。

 お聞きするどころではない、今の主導権は僕にない。

 それでもこう言ったのは、呑まれないためだ。

 歴戦の、けれども決して果敢と無謀を取り違えない猛者に。

 無能な味方よりも、有能な()の方が何か見込めることもあるのだから。


 ――いや、言い訳はするまい。

 僕にとってそれ、能ある者との対峙は、ひどく心躍ることなのだ。

 敵か味方かは、ほとんど二の次でしかない。


 そしてそれは、提督にしても同じはずだった。


 ――目の前の相手は、ある意味ではよほど信頼に値する。

 ――所属を裏切り、こちらの味方につく事はおそらくない。

 ――少なくとも、自分に何ひとつ断ることなく去りはしないだろう。


 これをいったい、何と言えばいいのだろう。

 ほんの少し、僕は考え込む。

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