乾杯
紅茶を飲み干し、手にした陶器を逆さにして見せる。
乾燥のためではない、純粋に相手へ見せるのが目的だ。
意を受け空にした旨の意志表示――つまるところ、敵意は無いとの社交辞令。
「素晴らしい」
同じく杯を傾け、やや混ぜ返すように提督。
互いに見せ合った杯は、今度はテーブルへと安置される。
「――それでこそ、男だ」
「ショットグラスじゃないですけどね」
プラスチックや紙コップでこそないが、格好つかないことに変わりはない。
いや両方とも、その発明はもう少し先のことなのだけど。
「それを言えば、酒でも無いだろう。こう言うのは気分だよ」
本来であればウォッカの一杯を、ただ気分と言い切る。
これだけでもう、その強さが察せると言うものだ。
僕が知るように、提督も僕の弱さを知っている。
それを責めるでも振りかざすでも、ましてや隠すでもない。
なるほど、伊達に上に立ってはいないのだ。
――たとえそれが、黄昏の帝政ロシアの艦隊であっても。
「では、次は我らが皇帝のために……と言う訳にもいかないな、本題に入るとしようか」
「ええ」
僕は頷き、言葉を返す。
「お聞きいたしましょう」
強がりなのは、もちろん分かっている。
お聞きするどころではない、今の主導権は僕にない。
それでもこう言ったのは、呑まれないためだ。
歴戦の、けれども決して果敢と無謀を取り違えない猛者に。
無能な味方よりも、有能な敵の方が何か見込めることもあるのだから。
――いや、言い訳はするまい。
僕にとってそれ、能ある者との対峙は、ひどく心躍ることなのだ。
敵か味方かは、ほとんど二の次でしかない。
そしてそれは、提督にしても同じはずだった。
――目の前の相手は、ある意味ではよほど信頼に値する。
――所属を裏切り、こちらの味方につく事はおそらくない。
――少なくとも、自分に何ひとつ断ることなく去りはしないだろう。
これをいったい、何と言えばいいのだろう。
ほんの少し、僕は考え込む。




