紅茶
給茶器はまだ暖かかった。
最後にお湯を注ぎ、既に数十分。
船の余熱は、かろうじて生きている。
今なお蒸気機関のなかで燃え続けている、石炭の名残り火は。
紅茶二人分を少量ずつ注ぎ、そのまま僕は席に戻る。
「どうぞ」
一杯は僕のぶん。
一杯は提督のぶん。
「……私はウォッカを頼んだはずだが?」
不愉快や怪訝ではない。
率直に、こちらの意図を問う顔だ。
「任務中ですからね――少なくとも、そう思ってもらわないと困ります」
提督の酒の強さは知っている。
1杯程度で酔うことはまずないだろう。
うまく酒を嗜めない者は、ロシアの軍で出世などできない。
「話が終わり次第、きちんと酒をお注ぎします。その点はご安心下さい」
先に肴をつまんでおくこと。
一息にあおること。
何より、空きっ腹に流し込まないこと。
強い酒を綺麗に嗜むにも、いろいろなコツがある。
様々なそれを駆使しなければ、さすがのロシア人と言えど、今度は長生きの方がむずかしい。
それに、だ。
さすがの提督であっても、疲労状態のアルコールが上手く作用するとは限らない。
疲労と一緒に、記憶を失わせる可能性だって考えられる。
忘却の口実もあり得ないではないが、ここでそこまで考えても仕方ない。
「いったん、僕も同じものを飲みます。何でしたら、僕の分と交換しますが」
「――一杯、頂くとしよう」
「恩に着ます」
軽く会釈し、僕は乾杯の意を述べる。
「では、底まで」
「底まで」
わずかに注がれた二杯の紅茶は、一息に飲み干されていく。




