寄港予定
それにしても、と僕は思う。
急ぎの航海が、こんなにも窮屈なものとは思わなかった。
大航海時代の話じゃない、まがりなりにも今は20世紀だと言うのに。
原因はいくつかある。
まず、船の燃料が石炭なのが問題だ。
さすがにと言うべきか、帆船や外輪船の性能よりは圧倒的らしい。
この時代の「蒸気船」は、相対的に見れば立派にイージス艦相当なのだろう。
それでも、石油のそれとは比べ物にならない。ましてや原子力とは。
同じ重さの燃料なら、石炭は石油の50%ほどのはずだ。
無補給での巡航はせいぜい一、二週間。
年単位の単独航海など、夢のまた夢と言うことになる。
なるほど、近場の日本海での迎撃は、想像以上に有利な条件なのだ。
加えて、入港地との関係が安定している訳もない。
なにしろ、こちらの所属は老いたる大国、帝政ロシアなのだから。
補給はだから、主に船から船、石炭搭載船を通じて行うことになる。
つまりこの航海で乗組員は、やれ補給だしばし陸での休憩だ……と言う風に羽根を伸ばせていない。
兵士はもちろん、僕のような調理師補助や提督さえも。
そしてこの兵士はと言うと、急造の艦隊にふさわしい練度でしかない。
ゆえに欧州への寄港予定は、事前に思っていたよりもずっと重要だ。
士気があるからと言って、奇跡が起こせる訳ではない。
何しろ、相手にも士気は存在するのだから。
けれども、それが皆無では、最低限のリングに上がることすら厳しい。
それ単独で何が出来るでもない、けれど無くても困るもの。
士気はだから、潤滑油のようなものだ。
金 と士気。
今のロシアには、いずれも十分とは言いがたかった。
僕が見る限り、人材は決して悪くないのだけれど。




