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魔王少女スターリナ  作者: 祭谷一斗
【第二部】 1904年、フィンランド湾、クロンシュタット
231/350

ひと皿目・3

「何か僕、見落としてるのかな?」


「む?」


「鍋が、もう一個いるとは思えないのだけど」


「いや、いるな。フライドポテト(フリット)なんだろ?」


 やや怪訝そうな表情。

 遅れて、氷解したかのように一言。


「水にさらすか、下茹でするかしないと」


「――なるほど」


 言われてみると、だ。

 ジャガイモは大量のでんぷんを含む。

 無論、細切りならそこまで問題ではない。

 揚げ油が浸透し、食感を形成するのだから。

 でも厚切りをそのまま揚げれば、どうしてももったりと仕上がる。


 そしてステーキに合わせるには、だ。

 ある程度サラッとさせた方がよさそうに思える。


「じゃあ、それで」


「――知らなかった、のか?」


「うん。揚げ物は不得手でね。でも聞く限り、その方がいいと思う」


「本当にアドバイスしてしまったな」


「黙っててくれると助かるよ」


 牛の塊肉に手を伸ばし、包丁を当てながら。

 いたずらっぽく片目をつぶり、僕は言う。


「その素直さに免じて」


「じゃあ、このあとで一品追加しておくよ」


「楽しみにしておこう」


 言いながら肉を薄くそぎ切りにし、様子を見る。

 場末の食堂にしては、なかなかの質に思える。

 コンロにフライパンを置き、熱の通りを待つことにする。


 待つこと数分。肉の表裏を軽く焼き、そのまま口に含む。

 まず、肉そのものに噛みごたえがある。

 次いで、ふんだんに溢れる肉汁と、合間ににじむ脂肪分。

 ここの食事で払うであろう料金を考えると、申し分ない代物だ。


 心のなかで、この食堂をメモに加えておく。

 仮に別口で求職(・・)するとしたら、ここも悪くない。

 もっとも、食材ほど人材に気を配られてるかどうかは別の話だけれど。


 あらためて、僕は少しだけ減った塊肉に目を向ける。

 一抱えほどはある、この分量。

 もう少し味見(・・)するくらい、どうと言うことはなさそうだ。

 たとえば、もう二人分の塊肉を切り分けるくらいならば。

 ますます、申し分がない。

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