ひと皿目・3
「何か僕、見落としてるのかな?」
「む?」
「鍋が、もう一個いるとは思えないのだけど」
「いや、いるな。フライドポテトなんだろ?」
やや怪訝そうな表情。
遅れて、氷解したかのように一言。
「水にさらすか、下茹でするかしないと」
「――なるほど」
言われてみると、だ。
ジャガイモは大量のでんぷんを含む。
無論、細切りならそこまで問題ではない。
揚げ油が浸透し、食感を形成するのだから。
でも厚切りをそのまま揚げれば、どうしてももったりと仕上がる。
そしてステーキに合わせるには、だ。
ある程度サラッとさせた方がよさそうに思える。
「じゃあ、それで」
「――知らなかった、のか?」
「うん。揚げ物は不得手でね。でも聞く限り、その方がいいと思う」
「本当にアドバイスしてしまったな」
「黙っててくれると助かるよ」
牛の塊肉に手を伸ばし、包丁を当てながら。
いたずらっぽく片目をつぶり、僕は言う。
「その素直さに免じて」
「じゃあ、このあとで一品追加しておくよ」
「楽しみにしておこう」
言いながら肉を薄くそぎ切りにし、様子を見る。
場末の食堂にしては、なかなかの質に思える。
コンロにフライパンを置き、熱の通りを待つことにする。
待つこと数分。肉の表裏を軽く焼き、そのまま口に含む。
まず、肉そのものに噛みごたえがある。
次いで、ふんだんに溢れる肉汁と、合間ににじむ脂肪分。
ここの食事で払うであろう料金を考えると、申し分ない代物だ。
心のなかで、この食堂をメモに加えておく。
仮に別口で求職するとしたら、ここも悪くない。
もっとも、食材ほど人材に気を配られてるかどうかは別の話だけれど。
あらためて、僕は少しだけ減った塊肉に目を向ける。
一抱えほどはある、この分量。
もう少し味見するくらい、どうと言うことはなさそうだ。
たとえば、もう二人分の塊肉を切り分けるくらいならば。
ますます、申し分がない。




