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魔王少女スターリナ  作者: 祭谷一斗
【第二部】 1904年、フィンランド湾、クロンシュタット
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飲食店街

 目の前で浪費した時間は、決して戻ってなど来ない。

 僕が人でしかない以上、これは単なる事実だ。

 ならば、これからどうするべきだろう。

 今からでも遅くない、諦めて埋没費用を切り捨てるだけだ。


「――じゃあ、遠慮なく僕もそうするよ。何しろ、いろいろと(・・・・・)賭かってるからね」


 僕は告げ、目の前の問題に切り替える。

 主な問題は二つだ。


 ひとつは、レパートリーの問題だ。

 僕はロシア料理、つまり普通の食事なら作れる。

 けれども20世紀初めの今、ロシアの正式な晩餐と言えばほとんどフランス料理だ。

 もし疑うなら、ペテルブルク(ピーテル)の飲食店街を歩いてみるといい。

 高い料理屋はほとんどフランス、残りはドイツ料理に限られることが分かるはずだ。


 もっとも、と僕は思う。そのこと自体、別に奇異なことではない。

 なぜなら、僕のいたところ――21世紀初めの日本――だってそうだったのだから。

 僕の記憶にある限り、の話ではある。

 けれども、それなりの値の食事店は、懐石料理よりフランス料理やイタリア料理の方が圧倒的に多かったはずだ。

 これはだから、単にこう言うことだ。

 珍しくないもの、あまりに身近なものに、そうそう高い値はつけられない。

 牛丼もラーメンも、高い店はごくごく僅かだった。

 需要と供給、ただそれだけのこと。


――フランス料理、か。


 僕は思い直す。

 はっきり言えば、僕のレパートリーは多くない。

 正式なコースメニューとなるとほぼ問題外。

 せいぜい日常的な、他国にあってもおかしくないメニューをいくつかでしかない。

 その中から果たして、選んでいい物だろうか。


 二皿。

 その制限が、僕に重くのしかかる。

 もちろん、二皿と二種類はイコールではない。

 一口料理(アミューズ)を添えるくらいなら大丈夫だろう。

 けれども、それくらいが限度のはずだ。


 あまりに奇抜な人材は、かえって登用がむずかしい。

 少なくとも、艦隊で採用する側ならそう考えるだろう。

 余程気に入られる自信がない限り、危険を冒すのは利口と言えない。

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