シベリア
「アレクセイくん……いや、皇太子の方はよろしく頼むよ。――僕の方は、ひとまずこんなところかな。後はまあ、ここを出ての求職活動くらいだね」
「もうそこから去る気? ユーリの刑期、あと数ヶ月もないでしょ」
脱走そのものを止める気がないのは口調で分かる。
訊かれているのはだから、その理由だ。
「もちろん、大人しく刑期明けを待ってもいいんだけどね。でも、だからこそ、だよ」
普段、理を通す者のやってみせる理不尽。
見る側は、そこに何かしら意図を見出す。
――見られる側の秘めた意図など、まず考えることはない。
「箔がつくのは、これからの道じゃ損にはならないってこと」
少なくとも、僕の歩もうとしてる道ならば。
「ひとまず、狼に食べられないようにね」
「そのときは兎にでも変身して、サメの背中でも渡るよ。いや、そっちじゃキツネとアザラシだったかな? まあ、そうならない為の箔だよ。たいていの人は、その箔がメッキだってことを知らないしね」
それなりの住居。支給される年金。穏やかに過ぎる監視の目。
流刑地の――より正確には地位ある者の――実態を知る者は、控えめに言って少ない。
シベリア流刑には、先人たちの歴史が蓄積されている。
ドストエフスキー、ペトラシェフスキ、ラジーシチェフ。
僕もシベリア到着初日、年老いた官吏からぽつり、こんな声をかけられたことがある。
――ロシアの礎は、いつもいつもシベリアに流される。
まだ誰とも知れない者でも、聖人めいた風格を帯びかねない経歴。
裏返された流刑、一種のブランドでもあるのだ。
たとえメッキで塗り固めていても、勲章は勲章ということ。
メッキを知らない者たちの間では、金として通用することもある。
シベリア流刑にしたところで、シベリアはあまりに広大、気候さえ千差万別だと言うのに。




