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魔王少女スターリナ  作者: 祭谷一斗
1903年、シベリア、イルクーツク 12月
211/350

シベリア

「アレクセイくん……いや、皇太子の方はよろしく頼むよ。――僕の方は、ひとまずこんなところかな。後はまあ、ここを出ての求職活動(・・・・)くらいだね」


「もうそこから去る気? ユーリの刑期、あと数ヶ月もないでしょ」


 脱走そのものを止める気がないのは口調で分かる。

 訊かれているのはだから、その理由だ。


「もちろん、大人しく刑期明けを待ってもいいんだけどね。でも、だからこそ、だよ」


 普段、理を通す者のやってみせる理不尽。

 見る側は、そこに何かしら意図を見出す。

 ――見られる側の秘めた意図など、まず考えることはない。


「箔がつくのは、これからの道じゃ損にはならないってこと」


 少なくとも、僕の歩もうとしてる道ならば。


「ひとまず、(ヴォルク)に食べられないようにね」


「そのときは(クローリク)にでも変身して、サメの背中でも渡るよ。いや、そっちじゃキツネとアザラシだったかな? まあ、そうならない為の箔だよ。たいていの人は、その箔がメッキだってことを知らないしね」


 それなりの住居。支給される年金。穏やかに過ぎる監視の目。

 流刑地の――より正確には地位ある者の――実態を知る者は、控えめに言って少ない。


 シベリア流刑には、先人たちの歴史が蓄積されている。

 ドストエフスキー、ペトラシェフスキ、ラジーシチェフ。

 僕もシベリア到着初日、年老いた官吏からぽつり、こんな声をかけられたことがある。


――ロシアの礎は、いつもいつもシベリアに流される。


 まだ誰とも知れない者でも、聖人めいた風格を帯びかねない経歴。

 裏返された流刑、一種のブランドでもあるのだ。


 たとえメッキで塗り固めていても、勲章(・・)は勲章ということ。

 メッキを知らない者たちの間では、金として通用することもある。

 シベリア流刑にしたところで、シベリアはあまりに広大、気候さえ千差万別だと言うのに。

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