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非公式
「ラジーシチェフを、ご存じないと」
「申し訳ありませんが……」
「今年の秋に、没後100年でした。非公式とは言え、それなりに話題にはなりましたよ」
非公式の意味するところは明確だ。
地下出版との言葉の出現はまだでも、概念自体は大昔からある。
書物・文章の発禁と、地下での流通。
公式出版に存在しないものは、密かに世に広まっていく。
――表向きの禁止とは裏腹に。
この手の事情は、いついかなる所でも同じなのだろう。
「その気になれば人づてで入手のかも知れませんが、さすがにむずかしいですね……」
今年の9月、僕は既にシベリアにいた。
と言って、今さら相方ジョゼファに頼むのも厳しい。
一応の警戒はされていることだろう。
「――ときに、聖書は読まれますか?」
唐突に、老人は問う。
「……いえ」
「この家にも、何冊かありましたでしょう。手にとってみられるといい――ここは以前、同志の住処でしてな。今は欧州で、出版をしておるはずです」
僕は不意に、思い当たることがあった。
「その出版物の名前は?」




