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日々好日
「ええ。あまり急ぐ必要がないことは、ゆっくりやっていこうと思います」
急がないこと。
薪を手に入れること。
お湯を沸かすこと。
給茶器に茶葉を入れること。
朝の紅茶をコップに注ぐこと。
何てことはない。
日々の生活で急ぐことなど、ほとんどありはしないのだ。
「――と言っても、ここじゃ急ぐことなんてなかなか無いですけどね」
流刑と言っても、せいぜいこんなところだ。
……あくまで貴族にとっては、ではあるけれど。
「ひとつ、強くなられましたな」
「と言うと?」
「ここに来たばかりの貴方は、何か急き立てられるようでした。その身に応じかねるものを背負っていた、とでも言えばいいのか――いや、年寄りの繰り言とお思い下さい。自ら変わられたのでしたら、その方がいいのです」
「なるほど……確かに、少しは落ち着きましたね」
十二月党員の乱に関わっていたという老人。
まんざら、張りぼてではないのかも知れない。
ただ、これが年の功なのか、それともこの老人ならではなのか。
身内が乏しかった僕では、ちょっとよく分からないのだけど。




