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呼称
象には気付かなかった。
彼女から教わったその諺は、今の僕に限りなくお似合いであるように思われた。
ロシア語が話せるという、ただそれだけで自惚れた大間抜け。
「……もう少し、教えてくれないかな」
「その後で、私の質問に答えてくれるならね」
その条件は、望むべくもない譲歩と言ってよかった。
肯定の意を示し、僕は続ける。
「その辺からどう推理……いや、推測したのかな?」
「と言うと?」
「つまり、僕の素性を、だけど……」
少しの思案顔の後、彼女は答える。
「悪人のつもりのお人好しね」
お人好し? 僕が?
……いや、それは素性じゃなくて人格じゃないのか。
僕の表情を察したのか、続けて彼女。
「甘い、と言ってもいい。でも、その甘さが、ユーリ、あなたを救った面もあるの」
微妙な評価かと思いきや、ずいぶんと複雑そうなお話だった。
「静かなこの村も、ほんの少し外を出ると分からない。気の遠くなる昔から、グルジアはいろいろな人の行き来する場所であり続けてきた」
サカルトヴェロ。グルジアの人々の自国呼称。
その呼称が今は、ひどく遠いものに感じられた。




