根拠
「あなたにとっても、そうか分からないけど」
念を押すように、ジョゼファは繰り返す。
「まず、あなたの“手”」
言われて、思わず僕は両の手のひらを見る。
食事を終え、皿とスプーンを置いたばかりの手。
そこかしこにある傷は、この一年でついたものだ。
いずれの傷も、まだまだ真新しい。
……なるほど。
「一年前、握手を求めてきたでしょう。そのとき分かったの」
探偵に追いつめられる犯人は、こう言う心境なのだろうか。
丸顔眼鏡の神父はともかく、ベーカー街の薬物中毒者は世にいた気がする。
いや、旗色が悪くなると他のことに気を取られるのは、僕のよくない癖だ。
「もちろんこの1年、あなたが真面目なことは認めるわ。でも少なくとも、一年前のあなたは、まともに労働をして来た人間じゃなかったはず」
「……それだけじゃ、僕が“世間知らず”ってだけだと思うけど」
力なく、僕は答える。それだけではない、とほとんど確信しながら。
最大限甘く見積もって、猟師に追いつめられた山羊だろうか。
少なくとも、あまりいい気分じゃないのは確かだ。
「分かってると思うけど、それだけじゃない」




