十二月の嘘
「サンタクロースを見た!」
黒いランドセルを揺らして走ってきたかと思えば、目をキラキラさせて訴えてくる黒井くん。
並んで歩きながら、水色のランドセルを背負った浅木はジト目になった。
「どうせ街頭のエセサンタでしょ」
「違う本格的にサンタ!」
「サンタ村にでも行った?」
「違う何処にも行ってない! 自宅で! 本格的サンタが窓から! 窓から!」
「サンタコスプレした泥棒に遭遇したの? 怪我はない? 何を盗られた? 常識?」
「常識を盗られるってなんだ俺に常識がないとでも!? 何も奪われてない!」
「サンタは大切な物を盗んでいきました……」
「それはあなたの……心ですって何をさせるんだ!」
「勝手にやった癖に……」
ノリノリノリツッコミだった癖に何を言っているんだ。浅木はため息をついた。
仕方がないので話を聞いてやることにする。
「それで、サタンがなんだって?」
「そう、赤いサタンが……違うサンタ! 真っ赤なサンタ!」
「流血サンタみたいだね」
「話が進まねぇ!」
顔を真っ赤にして怒る黒井くんは、これから赤井くんって呼ぶべきかもしれない。クリスマスプレゼントは黒いニット帽かな。……だめだ、似合わない。キャラじゃないなと却下した。どういう意味か不思議に思った人は、ゴールデンウィークに映画館だ。年によっては会える。
話が進まないと嘆く黒井くんだけど、正直あまり聞く気がない。
浅木は大人のつく代表的な嘘に騙される程、子供じゃない。
サンタクロースなんていないし、プレゼントが貰えるいい子は素行のよい子じゃなくて大人に都合のよい子だ。
なんて考える浅木は可愛げがないのだろう。きっと大人は、黒井くんのようにサンタの存在に一喜一憂する子供が好き。
そろそろ小学高学年なんだから、いい加減大人になれば良いのにとは思うけど。
ため息を隠さない浅木に、黒井くんは目をつり上げて怒鳴った。
「いいから聞けよ! 俺は本当に、姉ちゃんのサンタに会ったんだってば!」
「……??????」
疑問。姉ちゃんのサンタ とは。
「……お姉さんのサンタって何?」
「え、姉ちゃんの彼氏」
その瞬間タイミングよく、近くの店から冬によく流れる曲が流れた。
恋人はサンタクロース♪ 恋人はサンタクロース♪
浅木は脱力した。
黒井くんは何故か得意げだ。
「すげぇよな。姉ちゃんの為にちゃんと本格サンタになって窓から入ってきたんだぜ。部屋間違えて俺の所に来たけど」
「あわてんぼうのサンタクロースじゃん」
間違えたのは日付じゃなくて場所だけど。
一気に脱力した浅木は、思わず深いため息を吐き出した。寒さで息は真っ白だ。
「姉ちゃん大爆笑でさ。あとプレゼント貰って嬉しそうだった」
「よかったね……」
「なろうと思えば誰でもサンタになれるんだなってあれ見て思った」
「まあ、そうだね」
一世帯に一人はサンタがいる。浅木のようにサンタになる選択をしなかった家庭もあるが、一家に一人サンタがいるから、誰だってなろうと思えばなれる。
「だから俺もサンタになる」
なんて思っていたら、黒井くんがランドセルから可愛くラッピングされた小さな包みを取り出して、浅木の前に突き出した。
咄嗟に受け取ったのは、黒井くんがすぐに手を放したから。落とさないよう受け止めたが、すかさず突き返す。
「え、いらないし」
「知らないし!」
「は?」
「だって俺サンタだから!」
ランドセルの留め具を外したまま、黒井くんが駆け出す。開放的な蓋が暴れる音がぺんぺんと響いた。なんだかすっごく間抜けな音だ。
「サンタはいい子に強制的にプレゼントを渡す存在だからな! お前いい子だからやる! お前のサンタに、俺はなる!」
「海賊王やめろ」
なんだそれ。途端にサンタが通り魔みたいになった。
駆け足で前を行く黒井くんは、赤信号で立ち止まった。追いかければ追いつくけれど、浅木の足は止まっていた。
浅木はサンタクロースが存在しないと知っていた。大人のつく嘘を、信じる子供を、冷めた目で見ていた。ガキだなって、思ってた。
だけど黒井くんにとって、サンタとは概念だった。いてもいなくてもよくて、なろうと思えば誰でもなれる。そういう存在。
――サンタがいるとかいないとか。嘘だとか本当だとか。そんなこと掘り下げて考える方が、意固地になっているガキみたい。
そう思えばすごく恥ずかしかった。
だいたい、なんだ。お前のサンタってなんだ。会話の流れからして、お姉さんのサンタと繋がるのか。繋がるなら、お姉さんのサンタは。
聞こえてくるのは、お馴染みのあの曲。
「……さ、サンタなんかいらないし!」
なんて言ったけれど。
握りしめたプレゼントが、本音だった。
Xに12月文芸部で載せた小話です。
サンタいるもん。ほんとだもん。
メリークリスマス!!
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