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94.ドッグボウルのごちそう

 夜、パーソロンの竜舎の中。


 「ドラゴン・ファースト」のドラゴンが全員集まって、みんなでご飯を食べている。

 食べているのは普段のご飯じゃない、サンタナの店『チークピーシーズ』から届いたばかりの、最上級のドラゴンフードだ。


 それを全員で食べている――俺とクリスをのぞいて。


 食べていない俺は、クリスのそばで彼女と話していた。


「食べようって思ったことはないのか?」

『うむ、まったくそんな気がおきんな』


 クリスはお決まりの「寝っ転がる」ポーズで、笑顔のままこたえた。

 彼女はフェニックス種、種でたった一人の、不老不死にして不死身の存在。

 それ故に「神の子」と呼ばれてたりもした。


 不老不死で不死身であるが故に、ご飯を食べる必要が無いのと、繁殖する必要が無いのが大きな特徴だ。

 だから今も、みんなが食べているのを俺と一緒に見ている。


「そうか。前聞いたときは深く突っ込まなかったけど、食べる必要が無いのか? それとも食べられないのか?」

『食えはする、が、生物にある消化器官が我には存在しないため、食べたまま出さなきゃならん』

「食べたまま」

『うむ、咀嚼して飲み込む、そしてそのまま出すのだから――尻からゲロが出ると言えばわかりやすいか?』

「お、おぅ……」


 そんな返事を返す事しか出来なかった。

 消化がまったく出来なくてお尻からは口が吐くようなゲロが……。


 説明されればなるほどと思える様な内容だけど、想像してしまった事にちょっと後悔もした。


『くははははは、我はメシなんぞよりも、業炎で燃やしてくれた方が活力になるがな』

「なるほど」


 クリスの冗談でいやな気分がちょっと薄れた。

 まあ、全くの冗談でもないんだろうけど。


「にしても……」


 俺はみんなが食べてるフードをみた。

 みんなはかなり美味しそうに食べている。

 あの寝たがりなルイーズですら、目をむくほどの嬉しそうな顔で食べている。


「高級フードは伊達じゃないって事か」

『そのようだな』

「にしても、見た目は人間の食事というか、弁当とそんなに変わらないんだな」


 俺は素直に感心していた。

 最初は「フード」という言葉でどうかなっておもったけど、半分くらいは人間の料理と同じような見た目をしている。


 もちろん、サイズは大きい。


 同じような料理が、そのまま四倍くらいのサイズになったと思えばいい。


 正直、ドラゴンというよりは、巨人の食事と言われたほうが納得する。


『おとうさん、食べる?』


 レアがバタバタと俺の前にきて、肉っぽいのをさしだしてきた。

 ほどよく焼けて、「照り」もあるいい肉料理だ。


「いいのか?」

『うん!』

「ありがとうな」

『えへへ……』


 俺はレアから肉を受け取って、代わりにお礼として頭を撫でてあげた。

 レアは嬉しそうにした。


 俺は受け取った肉を口の中に入れて、咀嚼した。


「……んん?」

『どうしたの、おとうさん』

「いや、なんでもない。レアは食べたか?」

『うん!』

「美味しかったか?」

『うん!!』


 レアは思いっきり頷いた。


「そうか、じゃあたくさん食べてこい」

『わかった!』


 レアを送り出した俺は、咀嚼して、飲み込みきれなかった口の中の肉をどうしようかと迷った。


『くははははは、困っているようだな心友』

「ああ、まったく味しなかったぞ。あれでいいのか?」

『我もしらんが、あれでよいのだ』

「へえ?」


 俺はクリスの方をみた。

 「ドラゴンの食事の味」という意味では、クリスもドラゴンなのに実体験はないらしい――そりゃそうだ。


『人間の味付けでは濃すぎるのでな、ドラゴンはほぼ味付けゼロのを好むようなのだ』

「そうだったのか」

『それに、人間の舌では分からない味も入っているらしいぞ』

「人間の舌じゃ分からない?」

『うむ。心友は太陽の色がなんだと思う?』

「なんだ藪から棒に……赤か、オレンジとかじゃないか?」

『それが人間だ。ドラゴンは青や紫の色も見えてるぞ』

「そうなのか!?」

『うむ、それと同じことだ』

「へえ……」


 俺はなるほどと頷いた。


「あっ、じゃあもし、人間と同じ味付けのものを食べたらどうなるんだ?」

『我も大昔気になってやらせてみたが、食事に全ての調味料を通常の三倍いれれば疑似体験できるという結論にいたった』

「うげえ……」


 絶対に食べたくない料理だなそれは。


 それをかんがえると、うん。

 いいフードがあるのはいいことだ。


 俺はみんなが食べているのを眺め続けた。


『どうした心友、なにか考えごとか?』

「ああ、食器の事を考えてた」

『食器?』

「みんなの食器を用意してあげようかなって」

『なんのために』

「食器がちゃんとしてたほうがメシは美味しいんだ」

『ほう、そうなのか?』

「……前に言われた事がある」


 俺は、数年前に、ちょっと意識の高い男に酒の席で言われたことを思い出した。


「『ちゃんと綺麗に洗ったドッグボウルでメシが食えるか?』って」

『くははははは、なるほど。極論だがそれ故によく分かった』

「だろ? だからみんなにも食器を用意しようかなって。食器程度なら話を聞けば竜具として作れそうだ」

『ますますメシがうまくなるな』

「いいことだろ」

『うむ』


 クリスは大笑いした。

 みんなの食生活のクオリティがあがるのなら、と俺は大分やる気になった。


 だって……今の状況って。

 ものすごいごちそうを割り箸とか紙の皿で食べてるようなもんだ。

 ごちそうなんだから、食器もちゃんとしないとな。


『さすがだ心友。ならば心友よ、それが出来たら商人の前で使って見せるといい』

「え? なんで?」

『……くははははは、うむ、そうだな、心友はドラゴン・ファーストだったな』

「どういうことだ?」

『ドラゴンの待遇を改善するが、それが商売に結びつく連想力は無かったのが面白い』

「商売? ……ああ」


 俺はポン、と手を叩いて納得した。


「そうか、いい食器も金になるのか」

『そういうことだ』


 俺はうん、とうなずいた。


 ならば、とますますやる気がでたのだった。

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