93.ドラゴン・ファーストのご飯事情
その後エンリケと少しだけ雑談をして、竜具の需要とかそういった情報を仕入れてから、店を後にした。
外にでると、店のすぐ外ですやすや寝ているルイーズと、そのルイーズのまわりに集まっている子供達の姿がみえた。
子供達は寝ているルイーズに興味津々って感じだ。
とはいえ近づいてくる事は無かった。
遠巻きに俺とルイーズを見守ってるって感じの目だ。
そんな子供達ににこりと微笑みながら、ルイーズに近づき、体を揺すった。
「ルイーズ」
『ふみゃ……ゴシュジンサマ?』
「ああ、用事がおわったから、かえるぞ」
『ふわーい……』
寝そべっていたルイーズは起き上がって、伸びをした。
そして器用に、俺がオーダーメイドで作ったアイマスクをはずした。
「よく眠れたか」
『うん……あれ? なんか見られてる?』
ルイーズはまわりをきょろきょろした。
どうやら子供達を含めて、まわりから注目されてるのが気になったみたいだ。
「たぶんだけど、みんなルイーズのアイマスクが気になるんだろ」
俺もさっきから子供達や、更に遠巻きにしてるまわりの人間の反応をうかがってたが、好奇心のこもった視線は主にルイーズのアイマスクに注がれているみたいだった。
『なるほど。えへへ……ゴシュジンサマが作ってくれたものだもんね』
アイマスクが注目されていると知ったルイーズは、何故か嬉しそうにはにかんだ。
俺はルイーズの背中に飛び乗った。
『目的地はどこですか、ゴシュジンサマ』
「目的は果たしたから、パーソロンへ帰ろう」
『はい、わかりました』
ルイーズは応じて、俺を背中に乗せたまま歩き出そうとした……その時。
「失礼。シリル・アローズ様でしょうか?」
「うん?」
声をかけられた。
声の方に顔を向けると、壮年の男が一人俺を見あげていた。
ルイーズの上に乗っている俺と、地面に自分の足で立っている男。
自然と、俺を見あげる形になった。
「あんたは?」
「申し遅れました。私『チークピーシーズ』の代表、セサル・サンタナと申します」
「ふむ」
俺はルイーズをポンポンと撫でて、そのまま背中から地面に飛び降りた。
チークピーシーズ……語感からして、ドラゴンに関係のある商売をしてる商人かな、とあたりをつけた。
そしてそれは正解だった。
「いくつかの竜騎士ギルドにドラゴンのエサを納入しております」
「なるほど……そのサンタナさんが俺になんの用だ?」
ドラゴンのエサ――はうちには必要ない。
あればあったで便利かもしれないけど、今のところ必要ない。
「まずは御礼をもうし上げたく」
「礼?」
「はい。近頃、各ギルドでドラゴンのエサのランクを上げる動きが相次ぎました。不満をもったドラゴンたちの懐柔と推測しております」
「ふむ?」
「これもアローズ様のおかげ……かと」
「……ああ」
一呼吸遅れて、俺はなるほどと頷いた。
最近の一連の話の、その一部だ。
俺――ドラゴン・ファーストがよくしたから、ドラゴンたちが「無言」で待遇改善を要求した。
そしてそれに応じた形がエサ――飯のランクアップってところだ。
たしかに、俺以外の竜騎士はドラゴンの言葉が分からないから、かなり当てずっぽうでこうなるのも分かる。
そして――。
「ご飯のランクを上げて、ドラゴンたちは満足したのか?」
「はい!」
サンタナははっきりと頷いた。
まあ、それはそうだろうな。
ドラゴンも、日々のご飯がはっきりとランクが上がって美味しくなれば、そりゃあいろいろとまあ我慢してやるか、位にはなるだろう。
俺がドラゴン・ファーストにいる仲間達によくしたのが、めぐりめぐって他のドラゴンたちのご飯事情も改善した。
それは――うん、大分嬉しい。
「つきましてはお礼を……と思いまして」
「ふむ?」
「当商会が扱っている最高級のフードを、是非、アローズ様のギルドで使って頂きたく」
「なるほど」
俺はルイーズに向いて、聞いた。
「美味しいご飯だけど、どうだルイーズ」
『ふかふかの寝床がいい』
ルイーズはまったくブレない、彼女らしい返事をした。
『でも、ごはんが美味しいのもちょっと嬉しい』
「そうか」
俺は頷き、サンタナに振り返った。
「わかった、ありがたく受け取ろう」
「ありがとうございます」
サンタナはそういい、深々と頭をさげた。
頭を上げた後、まだなにか言いたげな目で俺を見つめている。
「まだなにか?」
「厚かましいかと思いますが……もしアローズ様のドラゴンたちが当商会のフードを気に入ったのであれば、これから定期的に納入させて頂ければと思うのですが……」
「定期的?」
俺は眉をひそめた。
それは……大分話が違ってくるぞ。
一度のお礼だけなら何も考えないで受け取ればそれでおしまいだが、定期的だとまったく話が違ってくる。
商人は損になることをしない。
なにかあるはず……。
「あっ」
俺はまわりの視線に気づいた。
俺が店から出てくるまではルイーズを見つめていた野次馬の視線だ。
それは、ルイーズのアイマスクをみていた。
彼女にオーダーメイドで作った竜具、ドラゴンに寝るためのアイマスクなんて、おそらく持ってるのはルイーズただひとりだ。
それが珍しくて、注目を集めた。
それは図らずも、俺ブランドの竜具の宣伝になった。
それを思い出して、ピンときた。
「うちがそれを愛用してる、って宣伝すればいいのか?」
「ご慧眼さすがでございます。とはいえアローズ様のお手を煩わせるまでもありません。当商会に、アローズ様への定期納入という事実さえ頂ければ……ですので」
「なるほど、それで宣伝になる訳か」
「はい」
「わかった。事実だし、構わないぞ」
「ありがとうございます」
サンタナは大喜びで、俺に頭を下げた。
こうして、意外な形で、ドラゴンたちのご飯事情が改善――いや進化した。
……俺のご飯事情も、早くどうにかしないとな。




