92.風が吹いてドラゴンが得をする
「……それって、手に入りやすいものなのか?」
「えと……あっ、でも」
「うん?」
「まとまった数は。普段はそんなに使い道がないから、まとまった備蓄を探すのは時間がかかると思います」
「まとまった数か……」
ジャンヌの返事を舌の上で転がしながら、クリスに目を向ける。
『量は相当に必要だ』
「結構必要だって」
「でしたらお時間をください! お時間さえあれば!」
「わかった、頼めるか」
「はい! シリル様のためなら!!」
すぐに――といって、ジャンヌは走り出した。
パーソロンの隅っこに止めてある馬車に向かって駆けていったが――。
「待て待てジャンヌ」
「え?」
「ほら」
俺は手をかざして、ジャンヌにかけていた擬態のスキルをといてあげた。
ジャンヌの姿が光に溶けて、元の姫様の格好に戻った。
「あっ……」
「これで大丈夫」
「ありがとうございます! では!!」
ジャンヌは器用に馬車に馬をくくりつけ、御者台に乗って、パーソロンの外に飛び出していった。
昔は付き人に御者をやらせていたのだが、最近はすっかり馬車の操縦を覚え、一人でパーソロンに来ることが多くなった。
『あの娘もじわじわと成長しているな』
「そうみたいだ」
俺の心を読み切ったようなクリスの言葉に頷いてやった。
まあ、たとえそうじゃなくても。
自分の意思で「生き生きとしている」のを見るのは人間、ドラゴン関係なく好きで。
そうしているだけでもいいなと思った。
☆
俺はルイーズと一緒にボワルセルの街に出た。
ジャンヌがトタンの事を調べてくるまで暇が出来たから、神の雫の事はひとまず棚上げする事にした。
そうしてルイーズに乗って、ボワルセルの街の、竜具屋シャドーロールにやってきた。
店先で、俺はルイーズの背中から飛び降りた。
「ルイーズはここで待ってな」
『寝てていい? ゴシュジンサマ』
「いいぞ」
『ありがとう!』
ルイーズはそう言って、首にかけていた竜具をつけた。
目と耳をすっぽりと覆って、光と音を完全に遮断するマスク。
寝るのが好きなルイーズのために、俺が特別につくってやった竜具だ。
他のバラウール種とかには要らなくて、ルイーズだけが必要とする竜具。
完全なオーダーメイドだ。
それをつけたルイーズがすやすやと寝てるのを尻目に、俺はシャドーロールの店内に入った。
「いらっしゃいませ――これはこれは、ようこそシリルさん」
俺を出迎えたのは、この店の店主であるエンリケだ。
彼は相変わらずな商売スマイルを向けてきた。
「本日はどのようなご用で?」
「売れ行きはどうなのかと思って」
俺はそういい、店の中を見回した。
一通りぐるっと見てみたが、俺がつくって、コレットが納入しているはずの竜具はどこにも見当たらなかった。
「はい! 前回納入していただいたものが既に売り切れておりまして」
「そうなんだ」
俺はちょっと驚いた。
「今も日に数件は竜騎士からの問い合わせがあるほどです。いつ入荷するのか、取り置きはできるのか、と」
「へえ」
そこそこに売れてるとは聞いてたけど、それ以上に売れてるみたいだ。
「もう大人気です。次の入荷も是非! お願いします!」
「分かった、またコレットに持ってこさせるよ」
「はい、ありがとうございます!」
「店の中を少し見ていっていいかな。何かのインスピレーションになるかもしれない」
「もちろんです! どうぞご自由にご覧になっていってください」
「ありがとう」
エンリケにお礼を言って、店の中を歩き回った。
一つ一つ、竜具を手に取って、形とか性能とか試してみる。
俺はドラゴンの言葉が分かる。それでドラゴンと実際に会話して、どういう竜具が欲しいのか細かいオーダーを受けることが出来る。
他の者達がつくった竜具はそうじゃないから、ごくごく一部の腕利きな職人以外だと、「かゆいところに手が届かない」竜具になることが多い。
だから俺の竜具が売れている。
それを維持したり、人気を更に上げるためには、普通の竜具をたくさん見ておいた方がいいと思った。
極論、ドラゴンたちから需要を聞いても、竜具の事をまったく知らないんじゃものの作りようがない。
また、竜具を多く知ってたら、既存のものに改良を加えればいい、というやり方もできる。
だから、俺はいろいろと、念入りに覚える様に竜具を見て回った。
「そういえば」
「ん?」
エンリケが後ろから話しかけてきた。
「わたくしたちはそういうことはないのですが、最近、竜市場の商人が困っているそうです」
「竜市場? なんで?」
「今まで成立していたような商談でも、ドラゴンたちが極端に嫌がって破談になることが多くなってます」
「破談って、そんなことがあるのか?」
「今まではほとんど無かったんですね」
「ふむ」
なるほど、最近起きるようになった事ならそりゃ知らないわ。
「一部では、シリルさんのせいだ、と話す人も」
「俺のせい」
「ええ、あっ、もちろんいい意味で」
「どういうことだ?」
「シリルさんがドラゴンにものすごい好待遇を与えるから、ドラゴンがシリルさん以外なのはいやだ、とされているらしいです。シリルさんのギルドなみの好待遇にしたらドラゴンも落ち着いた、なんて言う話も」
「へえ……」
そんなことがあるのか。
「わたくしからすれば対岸の火事ですが、シリルさんの影響力のすごさに感心しているところです」
「だったら、もっとうちのドラゴンたちの待遇を上げないとな」
俺はそう言い、店の入り口に目を向けた。
実際は見えないが、ドアの向こうにルイーズがいる。
専用の竜具ですやすや寝ているルイーズがいるのだ。
「そうしたらみんなドラゴンを大事にするかな」
「あまりやりすぎると困る人も出そうですけどね」
本当に対岸の火事だからか、エンリケは笑いながらいった。
そうなってるのか……なら。
本当にみんなの待遇を、更に目に見える形で上げようと、俺は決意したのだった。




