90.第三の選択肢
その日の夜、俺は家のリビングのソファーでくつろいでいた。
ドラゴンたちに何かあったときに、すぐに駆けつけられる様にリビングと竜舎は直通にしてある。
そんなリビングで、ドラゴンたちの息づかいを感じながら、考えごとをしていた。
ムニュッ!
『深刻な顔で何を考えてるのだ?』
「うわっ!」
俺はびっくりして、盛大にのけぞってしまった。
ソファーからも転げ落ちて、尻餅ついた体勢で見あげた。
そこに、見覚えのある大人の女の姿があった。
女は世の全ての自信をかき集めて出来たような、そんな顔で俺を見下ろしていた。
「なんだクリスか……って、クリス?」
『うむ? どうした心友、我の顔を忘れたか?』
「いや、顔は忘れてないけど……」
俺はクリスを見つめた。
そして、自分の顔を触った。
そこにはまだ、さっきの柔らかい感触が残っている。
「……感触?」
『なんだ、心友はおっぱいが初めてか?』
「ちがうわ! なんで人間の胸の感触がしたんだ? って意味だよ」
クリスのボケに即突っ込んだ。
「そもそも、クリスには擬態かけてなかったし、擬態かけててもそれは見た目だけだよな」
口に出して、混乱しかけた頭の中を整理した。
ユーイとの契約で、ドラゴンに擬態をかけて、人間の姿に見せかける事ができる。
しかしそれはあくまで見た目だけで、本当の姿はドラゴンのままだ。
なので触れはするけど、さっきの様な「柔らかい感触」はあり得ない。
ドラゴンの皮膚というか鱗はめちゃくちゃ硬いのだ。
『くはははははは、この程度の事造作もないわ』
「この程度の事って」
『我に不可能はないのだよ心友よ』
「……あー、そうだなあ」
何となく、納得してしまった。
クリスだったら……と妙に納得してしまった。
突っ込むのも無粋だし、スルーすることにした。
俺はソファーに座り直した。
クリスも横に来て、俺の横にすわった。
『して、何を考えていたのだ?』
「ドラゴン・ファーストのドラゴンを増やす事を考えてたんだ」
『とうとうその気になったか』
「とうとう?」
どういう事だ? とクリスを見つめて、聞いた。
『心友の名声、それにこのギルドの知名度。それを考えると、今の頭数は少なすぎると言わざるをえん』
「むむむ……」
ぐうの音も出なかった。
それはまさに今悩んでる事だから、なんの反論も出来なかった。
『しかし……なるほどな。それでうんうん唸っていたというわけだ』
「そういうことだ」
『して、ドラゴンをどう増やす。まあ方法なぞ二通りしかなかろうがな』
「二通り?」
『買うか、引き抜くか』
「あー……そうだなあ」
『その亜種で「うばう」というのもアリだぞ』
「それはケースバイケースだな」
『くははははは。そこで「ない」とは言わない心友は実に素晴らしい』
「必要な場合もあるからな」
俺は小さくうなずき、真顔でいった。
場合によっては、奪ってでも保護した方がいい場合もある。
それくらい、ドラゴンはギルドによってはひどい扱いをされてることもあるからだ。
『まあ、無難なのは買うことだな』
「そうだな。明日竜市場に行ってみる」
☆
次の日、俺は朝一で合流してきたジャンヌを連れて、ボワルセルの竜市場に向かった。
何軒か回ってみたけど、ギルドに迎えたいと思うような子はいなかった。
「ここもだめでしたね」
「ああ、というか全滅だ」
最後の一軒から表に出た俺は、ジャンヌに苦笑いした顔を向けた。
「シリル様のお眼鏡にかなう子はいませんでしたね」
「ジャンヌはどうだったんだ?」
「私ですか?」
「ああ、俺じゃなくても、ジャンヌが気に入った子はいたのか?」
「そうですね……みんなパッとしなかったです」
「ふむ」
俺は小さく頷いた。
俺だけじゃなく、ジャンヌに気に入った子がいれば――とも思ったのだが、それもいなかったみたいだ。
「あの、シリル様」
「うん?」
「もしよろしければ、ブリーダーをご紹介しましょうか」
「ブリーダー?」
「はい、セントサイモンにいる、王室ともお付き合いのあるドラゴンブリーダーです」
「ふむ」
俺はあごを摘まんで、考えた。
ドラゴンブリーダーか。
「前に聞いたことがあります……今日で確認しましたけど」
「何をだ?」
「本当に賢かったり強かったりするドラゴンは、ほとんど市場には出回らないで、セントサイモンの庭先で取引されるって」
「庭先……」
「やはり、優秀な子は付き合いのあるところへ引き渡されるそうです」
「ああ……そうだな」
俺は「うん」と頷いた。
「俺だって、本当に出来のいい竜具は店じゃなくて、自分んとこで使ったり知りあいに回したりするだろうしな」
「はい」
ジャンヌの言うことに俺はものすごく納得した。
ちょっと前までだったら、納得するまでに時間が掛かったんだろうが、今は竜具の生産もしているから、すぐにそれが納得できた。
もちろん、だからといって竜市場に出てくるのはみそっかすだけと言うわけでは無い。
生まれた直後は平凡でも、その後成長とともに大きく花開く、なんて言うのはドラゴンも人間もよくある話だ。
それでも、やっぱり直接ドラゴンブリーダーと接触できるのは大きいと思った。
「悪いけど……紹介してもらえるか?」
「はい!」
俺に頼られたのが嬉しいのか、ジャンヌはパアァ――と笑顔になった。
「王家で一番付き合いのある、一番すごい生産者をご紹介しますね!」
「そんなにすごい人なのか」
「はい、私が知ってる限りで一番です。子だしをよくするために、マスタードラゴンが卵を産みやすいように竜具から竜舎まで全て自分で設計して作らせているそうです」
「そうか……ん?」
頷きかけて、引っかかりを覚えた。
「あっ、マスタードラゴンは貴重な存在ですから、それで――」
「いやそうじゃなくて」
「――え? それじゃ、どういう?」
ジャンヌはちょこん、と小首を傾げた。
俺の頭の中で、一つの光景が浮かび上がった。
「卵を産みやすい様に竜具を使ってる……って言ったよな」
「はい」
「……卵を産みやすい様にする竜具。卵をうめるようにする竜具って」
俺はそうつぶやき、ぷちん、と一本だけ髪の毛を引き抜いて、見つめた。
「可能……なのか?」
もしも可能なら、子供のドラゴンを一から育てた方が……? と思った。
俺がそう言った直後、ジャンヌは目を見開き、ものすごく興奮した顔で。
「!!! さすがシリル様、素晴らしい発想です。やってみましょう!」
「ああ、そうだな」
買うでもなく、引き抜くでも無い。
第三の選択肢――産んで増やす。
出来るかどうか分からないけど、まずはやってみようと思った。




