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85.メイドインドラゴン

 ボワルセルの街、竜具店『シャドーロール』。


「いらっしゃいませ――これはこれは」


 入店した俺を見て、元々の商売用スマイルを更にワンランク上の笑顔で上書きした店員。

 最初に来たときからいた、二十代の若い店員だ。


「えっと、たしか……」

「エンリケ・ナダルと言います」

「エンリケか」

「はい。シリルさんのご活躍はこちらの界隈でも噂になってますよ。ギルドを立ち上げたのがついこの間なのに、もう押しも押されもせぬ一流ギルドですよ」

「そんなふうに言われてるのか」

「ええ、当店もシリルさんと取引をさせて頂いた事で新規のお客様が増えました」

「へえ?」


 そんなこともあるのか、と小首を傾げ、目を微かに見開き、興味津々にエンリケを見た。


「シリルさんがどのような竜具をお求めになったのかと聞いてくる方も。やはり憧れである超一流の竜騎士と同じものを使いたいと思うものです」

「ほー」

「それにご存じですか? 最近はムシュフシュ種、そしてムシュフシュ種に使う竜具の需要がうなぎ登りですよ?」

「ムシュフシュ種?」


 って、コレットと同種の子達か。


「なんかあったの?」

「なにをおっしゃいますか。シリルさんがムシュフシュ種をばっちり調教し、常に単独で仕事をこなしている姿はもはや一種の風物詩。それと同じことを目指している竜騎士が急増しているのです」

「へえ……そんなことになってるんだ」


 コレットの評判がそんなことになってるとは思いもしなかった。

 今回もそうだが、コレットは採鉱の仕事をさせてるから、俺が家を留守――拠点を空けてても、コレットはそのまま働かせている。


 もちろん疲れたときとか辛いときは遠慮無く休んでいいと言ってる。


 そのコレットがまるで有名人みたいになってるのか。


「そうだ! サインなど頂けませんか。あのシリルさんがサインしてくれるほどひいきしているとなれば当店の売り上げも更にあがろうというものです」

「そんなものでよかったら」


 俺は微苦笑した。

 商売上お世辞が入ってるって分かっても、そうやって持ち上げられるのは嬉しいものだ。


「ああっ! 失礼しました」


 エンリケはふと、急に何かを思い出したかのように、目を見開きパッと俺に頭をさげた。


「一方的にこちらの話をしてすみません。本日は当店へどのようなお探しもので?」

「ああ」


 俺は小さく頷いた。

 ここは竜具店「シャドーロール」だ。

 言うまでもなく、ここに来る人間は竜具を買うために来ている。


 だからエンリケもそう俺に聞いたのだが。


「ちょっと見て欲しい物があるんだ」

「はあ……なんでしょう?」

「これなんだが……」


 俺はそう言って、懐からあるものを取り出した。


 金属製の、小型種の足に取り付けるサイズの、いわば「かぎ爪」的なものだ。


「これは……なんとも珍しい形のかぎ爪でございますな」

「スメイ種に合わせて作ったものなんだけど」

「へえ……」


 エンリケは俺の手からかぎ爪を受け取って、まじまじと見つめた。

 そんなエンリケの姿を眺めながら、俺は昨晩の事を思い出した。


     ☆


 パトリシアを連れて拠点パーソロンに戻った俺は、早速竜具を作ろうと思った。

 そこで、俺のイメージ通りに、かなり再現度の高い竜具が作れる事がわかった。


 そこで、俺はギルドの仲間達、ドラゴンたちから意見を集めた。


 竜具を作るにあたって、それぞれがどんな竜具が一番使いやすいのか、と聞いた。


 クリスは意見を一つも出せなかった。

 なまじ本人が完璧すぎる存在であるため、自分に必要な竜具は思いつかなかった。


 ……まあ、クリス向けの竜具は商売にならないから、それはそれでいいんだけど。


 他のみんなも要領を得なかった。

 なんとなく「こういうのがあればいいな」というのは出てくるけど、イメージが曖昧だった。


 そんな中、エマだけがはっきりとしたイメージを持っていた。


「戦って、怪我したり死にかけたりする度に、こういうのがあればいいな、って思ってました」


 とエマは言った。

 なるほど、と俺は納得した。


 エマ、スメイ種。

 それは小型種の中でとりわけ戦闘向きで、常に戦場に駆り出される種だ。


 命のやり取りという極限状態の中、必然と必要なもの足りないものが頭の中にあり続けたというわけだ。


 そのエマのはっきりとしたイメージを元に、スメイ種全体に合う竜具・かぎ爪をつくった。


     ☆


 それをつくって、竜具店「シャドーロール」に持ち込んで、営業をかけていた。


「これをこの店に置いてもらえないだろうか?」

「……わかりました、他ならぬシリルさんの頼みです。店の目立つところに置かせていただきます。

ちなみに値段はどれくらいを?」

「五百リール」

「それはまた……安いですね」

「スメイ種の武器はある意味消耗品だから」


 戦いの中で欠損したりする事がよくあるのが武器だ。


「それを加味しても安いですね」

「そんなにか?」

「命を預けるものですから、あまりにも安いとかえって敬遠されかねません」

「……そりゃそうだ」


 俺はエンリケの言うことに納得した。

 実際に自分が買い手側に立った場合でも、多少安いのはお得感があるし、何か欠点がある訳あり品なら納得できる。


 なにも無いのに安いと、本当に大丈夫なのかと疑心暗鬼になる。


「ご提案なのですが、スメイ種の武器の相場である1000リールくらいまで上げるのはどうでしょうか?」

「うん、じゃあそれで」


 俺は即答した。


「いいのですか?」

「商売はそっちの方が専門家だからな、したがうよ」

「ありがとうございます……さすがシリルさん、器が大きい」

「じゃあ頼むよ」

「はい」


 俺はかぎ爪をエンリケに預けて、シャドーロールを出た。

 これでうまく売れてくれればいいな、と願いながら。


     ☆


 数日後、パーソロンの中で、ドラゴンたちと世間話がてら、新しい竜具の聞き取り調査をしているところに、エンリケがやってきた。


 バラウール種の賃竜に乗って、急いでやってきたエンリケ。


「シリルさん!」

「どうしたんだ?」

「あのかぎ爪!」

「どうだった、売れたのか?」

「あれ、どれくらい作れますか?」

「……ん?」


 どういう事だ?


「大手のギルドから二百個、まとまった注文が入りました! 使ってみて非常によかったからだそうです!」

「……おお」


 ちょっと予想外な展開に、しかし嬉しい展開で、俺は嬉しくなった。

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