65.最高の報酬
ものすごく「広いリビング」の中、俺はコレットと二人でいた。
作りは屋敷のリビングだが、ソファーとかテーブルは人間用のサイズなのに、部屋そのものは普通の五倍以上の広さがある。
これもやっぱりドラゴンが一緒にいる前提で作られたのかな、と俺は思った。
実際、ソファーに座っている俺の後ろでコレットがのんびりくつろげるほど、部屋はものすごく広かった。
一事が万事、セントサイモンは全部がこうなんだなあ、と感心していた。
「そういえば」
俺はふと思い出して、背後にいるコレットに話しかけた。
『なに?』
「コレットも、卵の中にいるときから外の声が聞こえてた?」
『そうだね……あたしは、うん、なんか声がするってなったから、殻割って外に出た』
「なるほど。殻の中にこもったまま、って考えはなかったの?」
『やな相手が外にいるって分かってたらそうだったかもね』
「ふむふむ」
そう考えると、今回のケースもそんなに珍しい事じゃないのかもしれないな。
マスタードラゴンの卵、というかその存在自体がものすごく高価だ。
シャルルと同じレベルで警護する持ち主はかなりいたはずだ。
もちろん、そこでドラゴンの性格にも関わってくる。
ああいうプレッシャーを物ともしない性格の子もいれば、怯える子もいる。
……。
それが卵の孵る長さにも繋がってたのかな?
そして俺以外の人間はドラゴンの言葉なんて分からないから、そういうのも分からない、と。
なるほどなあ。
状況を整理しつつ、色々納得していると。
ガチャリ、と。
ドアが開いて、シャルルが入ってきた。
入ってきたシャルルは上機嫌だった。
俺に会いに来たときからずっと笑顔だったが、今は輪にかけて機嫌が良さそうな感じだ。
それだけでもう、聞くまでもないって感じだったが、シャルルが俺の向かいに座るのを待ってから、一応聞いてみた。
「上手くいったのか」
「ええ、全てが順調です。ドラゴンの仔も至って健康。それもこれもアローズさんのおかげです」
「そうか、それはよかった」
「後学のために、何故それが分かったのか聞かせていただいても?」
「ふむ」
「アローズさんは、道中あなたのお連れと話している理由を聞かなかった、とおっしゃっていましたが……卵と話せるのですか?」
「厳密には少し違う」
俺は頭の中で一度まとめてから、シャルルに説明した。
実はドラゴンと話せるということと、卵の中に引きこもっていたということを。
簡潔に、シャルルに説明してやった。
「つまり……怖がって出てこないのを、アローズさんがその声を聞いて理解した、と」
「そういうことだ」
「なるほど、そうですか」
「ヤケにあっさり納得するもんだな。そういうのはじめてだ」
「超一流の竜騎士が、他者が持ち得ない固有のスキルを保持しているのは何ら不思議なことではありません。だからこそ超一流たり得るのです」
「……そうか」
目の前の男こそ超一流だろうな、と褒められながらそう思った。
「アローズさんの説明で納得しました、そして、ぞっとしました」
「ぞっとした?」
「あのままアローズさんに来ていただけてなかったら、孵らない事にやきもきしながらも、卵に手をだす事ができずに更に警備を増やしていたことでしょう」
「……そうなるとますます殻に閉じこもったままだったろうな」
「ええ、そうなると……想像もしたくありません」
俺は小さく頷いた。
巡り合わせではある、が、俺が打開のキーマンだったのは間違いない。
俺は、感謝をすんなりと受け入れた。
「やはりアローズさんに頼んで良かったです。感謝の気持ちを是非受け取ってください」
「ああ」
「こちらがお支払いする報酬です」
シャルルはそう言って、懐から教会札を取り出して、テーブルの上に置いて、すぅ、と滑らせて俺に渡してきた。
俺はそれを手に取って、確認して――びっくりした。
「六百万リール!?」
「はい」
「三百万だったはずじゃ?」
「成功報酬です。今回の件を解決してくださった立役者。これくらいはお支払いして当然です」
「……そうか」
俺は頷き、教会札を受け取った。
マスタードラゴンの性質を考えれば、きっとこれでも安いんだろうな、となんとなく想像がつく。
「本当にありがとうございます。また何かありましたら力をお貸し下さい」
シャルルはそう言って、俺をまっすぐ見つめてきた。
「ああ」
俺は手を差し出し、シャルルはまったく考えずに握手してきた。
六百万リールよりも。
シャルルという男との繋がりを持てた事が、今回の一番の収穫だった。




