61.「仲間」思いのシリル
夜、竜舎の中。
ドラゴンのみんなが寝静まっているなか、俺はクリスと向き合っていた。
「というわけで、依頼を受けたからしばらく家を空けるけど、レアの事を守ってくれ」
『我がか?』
「ああ。クリスになら安心して任せられる。うちの切り札だからな」
『くははははは、うむ、当然であるな』
クリスは上機嫌に、天井を仰いで大笑いした。
その笑い声に隣で寝ているエマがビクッと反応して顔を上げたが、俺がクリスと話してて、声はクリスの笑い声――つまり日常だと分かると、そのまま再び夢の世界に戻っていった。
『良かろう、大船に乗ったつもりでいるがいい』
「ありがとう」
『それは良いのだが、何故あえて我に頼む?例の商人を脅して狙われるのをやめさせたのではないのか?』
俺はフッ、と苦笑いした。
ジャンヌに説明した、ピエールへの脅し。
その事をクリスは言っている。
『あれは嘘だったのか?』
「いや、嘘じゃない。少なくとも俺はその狙いで発言したし、それが抑止力になるだろうと思っている」
『ふむ?』
クリスは小首を傾げる。
だったらなぜ? って顔をした。
「理屈通りに動かないのが人間なんだ。俺より遙かに賢かったり――愚かだったり。そんな人間だったら予想どおりに動いてくれないから」
『……くははははは』
クリスはしばらく俺の顔をじっと凝視した後、またまた天井を仰いで大笑いした。
『うるさいわね! いい加減寝なさいよ!』
二度目の大笑い、コレットが顔を上げて抗議した。
『くははははは、我は唯一にして不死、故に睡眠の必要も無し』
『んもう!』
クリスの返しに怒って、体を思いっきり丸めて、頭を体の「奥」に収めてしまうコレット。
すぽっと収めて、声をシャットアウトしようとした。
それはいいんだけど。
「今の笑いはなんだ?」
『うむ、安心したのだ』
「安心? どういうことなんだ?」
『心友のさっきの話、王女は感激していたが、我からすれば人間を過大評価し過ぎていて不安だったのだよ』
「なんだ、カマをかけたのか」
『くははははは、すまんな』
俺はくすっと笑った、クリスもまた大声で笑った。
『うるさい!』
がぶっ!
怒鳴ったのとほぼ同時に、再度の笑い声で起こされてご立腹なコレットがクリスに噛みついた。
もちろんクリスは堪えた様子はなく、いつものように噛まれっぱなしにされた。
『うむ、心友が正しい。人間の九割はそこまで賢くはない。あの商人が抑えてても、どこぞで誰かが暴走しないとも限らぬ』
「……ああ」
『なあに、我がいる限りは大丈夫だ、安心していって来るといい』
「ありがとう」
『くははははは』
俺がお礼を言うと、クリスはますます楽しげに笑って、そしてコレットにがぶがぶ噛みつかれたのだった。
☆
翌日の朝、俺はコレットを連れて出かけた。
マスタードラゴンの卵の護衛のために出かけた。
『ねえ、なんであたしなの?』
ドラゴン用に整備された街道を歩きながら、コレットが聞いてきた。
心なしか声が弾んでて、楽しそうな雰囲気だ。
「理由は二つある」
『二つ?』
「一つ目はコレットが自分でアピールした、竜玉五人分になれるからって言ったこと」
『もう一つは?』
「最悪、卵を丸呑みしてもってもらいたい」
『そか』
コレットは納得して、頷いた。
「コレットを危険にさらしてしまう事になるけど」
『平気、余裕だから』
「そうか、頼むな」
『まかせて』
コレットは上機嫌なまま、俺からの頼みを請け負った。
もちろんこれは予想である予定で、ベストなのは何も起こらないまま守り切れること、次点で俺の力で何とかできてしまうこと。
「いざ」となって、コレットを危険にさらしてしまうのはできるだけ避けたいと思った。
☆
夕方、途中の宿場町で、俺は今日泊まるための宿を探した。
街道がドラゴン用に整備されているのなら、宿場町もやはりドラゴン用に作られている。
ほとんどの宿に竜舎かそれに準ずる物が併設されてて、ドラゴン連れの竜騎士でも問題なく泊まれそうな感じの作りだ。
その中の一軒に、コレットを連れて一緒に入った。
中は一階のロビーが酒場の造りになっているタイプで、酒場には宿泊客らしい人間が夕方なのにもう酒盛りを始めている。
「少し待ってて」
『うん』
それで賑わっている中、俺はコレットを入り口近くに待たせて、奥のカウンターに向かった。
カウンター越しに、店主らしき男に話しかけた。
「一晩泊りたい」
「何人と何頭だ?」
店主の男はちらっと、入り口に待たせているコレットを見た。
「俺とそのムシュフシュ種の子だけだ」
「二階の部屋が五十リール。最上階は百、窓のある部屋なら二百だ」
「そうか、ドラゴンのは?」
「人間の料金に入ってる、竜舎の空いてる所に適当に寝かせろ」
「そうか」
俺は頷いた。
あまり愉快とはいえない扱いだが、ドラゴンにはいつものことだから、ケンカしてもしょうがないと思い、スルーする事にした。
「窓のある部屋にしてくれ」
「わかった。名前とギルド名は」
「シリル・アローズ。ギルドはドラゴン・ファーストだ」
「ドラゴン・ファーストだぁ?」
横から別の男の声が聞こえてきた。
そっちを向くと、立て膝で酒を飲んでる四人組の男がこっちに視線を向けてきていた。
「なにか?」
「ドラゴン・ファーストってあれだろ? 最近有名な」
「……どうかな」
あまり酔っ払いとは絡みたくないから、曖昧に答えて、店主に向き直った。
金を取り出して、宿泊代の二百リールを払ってしまおう――と思ったその時。
「そうそう、女をコマして成り上がったって噂の」
「……なに?」
びくっ、と眉が跳ねた。
聞き捨てならない事を聞いた気がする。
「おっ? 怒ったか色男」
「分かってんだぜえ? お前さんが姫さんのごひいきだってのはよ」
「……」
「まっ、世間知らずの姫さんだ、なんかの拍子で男に騙されてもしょうがねえやな」
「騙されたままでも幸せかもしれねえしな」
「ちげえねえ」
「「「「あははははは」」」」
男達は一斉に笑い出して、挙句の果てに「乾杯」までした。
「おい」
「んん? なんだ色男」
「今の取り消せ」
「なんだ怒ったのか? 自分のやったことに――」
「彼女はそこまで浅はかじゃない。取り消せ」
「なんだぁ? お前の方がぞっこんってやつか?」
「変身」
竜人変身。
変身して、男達に迫って、全員に「一発」ずつ入れた。
心臓にピンポイントに打撃を入れた。
入れた後、元立っていた場所に戻って、変身を解いて人間の姿に戻る。
エネルギー消費は大きいが、一秒もかからなかった。
「がっ……はぁっ……」
男達は悶絶した。
苦悶の表情を浮かべて、持っているグラスを全員取り落としてしまった。
目を見開き、口も開け放つ。
口角からよだれが垂れて、身動き一つ取れずに固まってしまった。
「お前さん、なんかしたのか?」
背後から、カウンター越しに店主の男が聞いてきた。
「別に、なにも」
「そうか。ほら、これが部屋の鍵だ」
「……いいのか?」
「酒場にケンカはつきものだ。力量の差も弁えない挙げ句瞬殺される方が悪い」
店主は肩を竦めて、ニカッと笑った。
「それにだ」
「それに?」
「俺は、女の為に怒れる男の方が好みだ」
「……はは」
俺は笑った。
馬鹿男達のせいで気分が悪くなったが、粋な店主のおかげで口直しできた。
「ありがとう」
「ごゆっくり」
俺は未だに悶絶するバカどもを放っておいて、ぐるりと身を翻してコレットの方に戻っていった。




