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57.一つ星

 ボワルセル南西、マルゼンスキー渓谷。


 その渓谷の中で、俺は全力で戦っていた。

 目の前には百()を越える狼。

 全部がただの狼よりも一回り大きくて、瞳が赤く燃え盛っている様な輝きを放ってるのが特徴の狼だ。


 トニービン・ウルフ。


 それの群れが今回の仕事、討伐の対象だ。


 俺は竜人に変身した。

 圧倒的なエネルギー消費と引き換えに、圧倒的な力をもつ竜人形態に変身する。

 変身して、トニービン・ウルフの群れにつっこんだ。


 トニービン・ウルフは竜人()のスピードについて来れてない。

 反応すらできずに、棒立ちになってる狼の首を手刀で切り落とした。


 足は止めない、更に別のトニービン・ウルフに手刀を放つ。

 首を飛ばした瞬間、それが地面に落ちる前に更に別の狼の首を刎ねる。


 次々と首を刎ねていった。

 俺を中心に、血の旋風が巻き起こった。


「ーーっ!」


 限界は一瞬でやってきた。

 戦いを始めてから十秒足らず、トニービン・ウルフを二十頭倒して、群れが反応しだした所でエネルギー切れの兆候を感じた。


 俺は地面を蹴って、思いっきり後ろに飛んだ。

 体が後ろ向きにすっ飛んでいく。


「くっ……」


 途中でエネルギーが切れて、竜人変身が解けた。

 しかし、体はすっ飛んだままだ。

 跳躍の慣性のまま、後ろ向きにすっ飛んでいく。


 やがて――ストン。


 離れたところで待たせていたドラゴンたちの一人(、、)、ルイーズの背中に落っこちた。


「ルイ、ズ……」

『うん! ゴシュジンサマ!』


 ルイーズは勢いよく応じて、打ち合わせしたとおりに、魔法陣を展開、竜玉を作成。

その竜玉を、完全にエネルギー切れになった俺の口に放り込んだ。


 完全にエネルギー切れになったから、俺は最後の力を振り絞って――ガリッと竜玉を噛んだ。

 あめ玉の様にかみ砕いて飲み干した。


「ーーっ!」


 一瞬でエネルギーが補充された。

 俺はパッとルイーズの背中から跳ね上がって、再び「変身」とつぶやいて、竜人に変身してトニービン・ウルフの群れにつっこんでいき、無双を再開した。


     ☆


 トニービン・ウルフ。

 それは、トニービン地方で生まれたとされる、狼型のモンスターである。


 狼と同じく群れることが特徴で、その特徴を更に昇華させて、戦闘や狩りにおいて戦術的な動きをする事が知られている。

 頭数が揃ったトニービン・ウルフは、腕利きの傭兵団ほどの脅威になる――と、討伐の話を持ってきたジャンヌから聞かされた。


 それくらい、油断ならない相手だということだ。


     ☆


 血と首の旋風を起こしつつ、俺は地面を蹴って後ろにとんだ。

 三回目の戦術的撤退だ。


「待ち伏せか!」


 俺がドラゴンたちに向かって飛んでいく途中で、5頭くらいのトニービン・ウルフが待ち伏せていた。


 前の二回ともに、ドラゴンの所に撤退して、エネルギー補給してる所を見られている。

 それを見て、先回りして待ち伏せしてきたのだ。


「……残念だったな」


 俺はそう言い、飛びかかってきたその5頭のトニービン・ウルフの首を刎ねた。

 そして一旦着陸して、再び後ろに飛ぶ。


 今度こそ、エネルギーを使い果たして、エマの足元に着地した。


『大丈夫ですかシリルさん!』


 エマは竜玉を作りつつ、聞いてきた。


「予測通りだ――変身」


 四度、竜人変身してトニービンウルフに突っ込む。


 待ち伏せを見破られた事でトニービン・ウルフらは人間っぽく動揺した結果。

 四回目の変身で、狼の群れを一掃できたのだった。


     ☆


「コレット」

『うん』


 ボワルセル、庁舎の裏庭。


 立会人のローズの前で、俺はコレットに指示をだした。

 普段よりも「パンパン」になってたコレットは、次々と口の中から狼の頭を吐き出した。


 人間の頭と同じか一回り大きいか、それくらいのサイズの生首が次々と吐き出される。


「むっ、も、もういい」


 最初は平然を保てていたローズだったが、途中から眉をひそめてストップをかけた。


「そうか。コレット、もういいぞ」

『そう? 残りはどうするの?』

「消化できる?」

『余裕』

「じゃあそうして」

「あ、まって」


 ローズは止めに入った。

 狼の生首が人間には気持ち悪い物だが、ドラゴンには食べ物になる。

 それでコレットに全部消化させようとしたが、ローズから止めがはいったのだ。


「どうしたんだ?」

「ドラゴンに食べさせる(、、、、、)のはやめて。王女殿下から伝言がある」

「ジャ――姫様が?」


 俺は言い直しつつ、首をかしげた。


 トニービン・ウルフの討伐は、姫様がボワルセルの街を通して俺に振ってきた依頼だ。


 直接持ってくればいいのに、と思ったが、ローズが止めに入った所をみるとやはり回りくどさに理由があったみたいだ。


「そう、トニービン・ウルフの討伐の証拠を全部こっちがあずかる。それで一度精査するらしい」

「そうか」

「間違いなくトニービン・ウルフの討伐だと認められたら、一つ星竜騎士の認可が下りるそうだ」

「一つ星? なんだそれは」

「竜騎士の称号、ただの名誉みたいなものさ」

「へえ。どれくらいのものなんだ、その名誉ってのは」


 ローズに聞き返した。

 姫様がその名誉を俺に乗っけようとしてこの討伐の話を持ってきたことは理解したが、一つ星がどれほどの物なのかが分からなくて、それで気になった。


「一つ星から三つ星まであってね。一つ星は特定の分野で、めざましい業績を上げた者に与えられる」

「へえ。二つ星とかは?」

「二つ星は複数分野で功績、もしくは特定分野で同じく一つ星竜騎士を育てあげた時」

「なるほど」

「三つ星になると曖昧だね。大抵は文句のつけ様のない業績を上げた人だね。前代未聞な事をやった人に与えるから、文句もないし基準も結果的に曖昧になってる」

「なるほど。なんか聞いたことのあるようなシステムだな」

「そりゃ、竜騎士ってのは歴史が浅いから、似たようなのを参考にして作ったのさ。こういうのに変なオリジナリティは必要ないだろ? 名誉なんだから一般の人にもわかりやすくしないと」

「そりゃそうだ」


 俺は納得した。

 確かに、名誉称号なら一般人にもわかりやすくなきゃだめだな。


「とりあえずあっちに倉庫を空けさせるから、首はあそこに入れてくれ」

「わかった。頼むコレット」

『オッケー』


 コレットは頷き、ローズについて行った。

 にしても……星、か。


 姫様の狙いを完全に理解した。

 そして姫様がそう狙ってて、俺も応えて実績をだした。


 それから三日後。

 俺は、国から一つ星竜騎士に認定されたという知らせをうけて。


 ドラゴン・ファーストではなく、シリル・アローズが更に有名になった。

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