50.竜人強化
原種の子は俺とルイーズの間で行き来させていた視線を、俺に定めてきた。
ルイーズじゃなくて、俺をじっと見つめてきた。
「どうした?」
『もしかして、おとうさん?』
「え? いや俺はただの人間――」
『どうして人間の姿してるの、おとうさん。さっきはちがったよね』
「――むむ?」
ただの人間だからお前のお父さんじゃない――って言おうとしたが、原種の子の言葉に引っかかりを覚えて、首をかしげて見つめ返した。
「さっきはって……」
『ゴシュジンサマ、変身してる時の姿なのかも』
「ああ……変身」
俺はつぶやき、竜人の姿に変身した。
すると、原種の子は「やっぱり!」といって俺に飛びついた。
「おっとと」
タックル気味の飛びつき。
俺は慌ててその子を抱き留めた。
『おとうさんだ!』
「むむ」
『あっ、また人間の姿になっちゃった』
エネルギー消費がキツいから一瞬だけで人間の姿に戻したが、原種の子はちょっとだけ落胆した。
『……いっかー』
一瞬だけ何か考える様な顔をしたが、すぐに「細かい事はいっか」って感じのおおらかさで受け入れた。
「どういうことなんだろう」
『たぶん、生まれて初めてみるドラゴン的な存在だからだと思う』
「どういうことだルイーズ」
『私も別の子から聞いた話なんだけど、原種は私達と違って、人間の手で生まれてないから、生まれた直後に目にしたドラゴンを親だと思い込むらしいんだ』
「……インプリンティングか」
『ゴシュジンサマが助けたときの竜人の姿がその子にはそう見えたのかも』
「なるほど」
俺は小さく頷いた。
ドラゴンに限らず、そういう事が他の動物にもよくあるから、俺はすんなり納得した。
『でも……すごいよゴシュジンサマ。オリジンの子が人間に懐くなんてよほどの事が無い限りないのに。それを一瞬でだなんて』
「あー……まあなあ……」
原種が人間に懐かないのはその通りだ。
だから手を加えたドラゴンが現われてから竜騎士という職業も現われたんだ。
最初にドラゴンの繁殖に成功するまでは、ドラゴンは人間とはまるで別世界に生きていた。
その頃のドラゴンは今で言う「原種」だから、懐かないのは当たり前だ。
俺は運がよかった。
竜人という姿に変身できて、竜人の姿で初めて原種の子の前に現われた。
それで原種の子にとっての「はじめて見るドラゴン(っぽいもの)」になったわけだ。
納得しつつ原種の子を地面に下ろすと、そのまま体を俺の足に押し当ててきた。
子犬のような愛情表現が可愛らしかった。
『ねえゴシュジンサマ、その子どこで生まれたんだろ』
「うん?」
『他にもいるのかな』
「――なるほど!」
ルイーズに気づかされる形になった。
考えもしなかったが、たしかにその可能性はある。
俺はしゃがみ込んで原種の子と視線の高さを合わせた。
「なあ、お前はどこで生まれたんだ?」
『どこで?』
「気づいたらどこにいたの?」
『あそこだよー』
そう言って、原種の子はパッとかけ出した。
「結構足速いな――ってめっちゃ早!!」
感心してる間に、原種の子はグングン加速していった。
地面を這うようにして、ものすごい速さで走っていった。
目算だけど、ざっと馬の三倍はある。
『はあ……はあ……速い……』
追いかけてるルイーズが早くも息ががあった。
バラウール種はスタミナがあるけど、短距離は苦手なのだ。
「走るのはいいんだけど、あの子なんであんなに速いんだ?」
『お、オリジンの子は、私達とちがって短距離が得意なの』
「む、そうなのか」
『そっちは人間には使い道ないから、私達みたいに改良されたの』
「……」
改良、という言葉に引っかかった俺。
『それよりもゴシュジンサマ、おいかけて。見失っちゃう』
「わかった、ルイーズは休んでて」
『うん!』
「変身」
俺は竜人の姿に変身した。
変身して全能力が跳ね上がった。
全力で駆け出して、原種の子を追いかけた。
竜人で跳ね上がった力でも、スピードはほぼほぼ同じくらいで、「置いてかれない」程度だった。
追いかけて、森の中にはいった。
このままじゃまずい。
ルイーズはバラウール・オリジンが短距離に向いてるっていったが、俺もある意味短距離しかできない様なものだ。
どこまでついて行けばいいのかわからない、このままだとエネルギー切れで置いてかれかねない。
一旦呼び止めるか――となったその時。
目の前が開けた。
森が開けたそこは谷の中だった。
周りが崖に囲まれていて、真上から日差しが降り注いでいる。
まるで壺の様な地形だった。
その地形の真ん中くらいの所に、原種の子が立ち止まって、おれの方に振り向いていた。
『ここだよおとうさん』
「そうか」
俺は少しほっとした。
エネルギー切れにならずにすんだ。
人間の姿に戻って、ゆっくり近づいていく。
そして、原種の子の横に立った。
「ああ……」
見下ろして、納得した。
そこに、上下でぱっかり割れた卵の殻があった。
サイズはこの子よりちょっと小さい位。
「この中から出てきたのか?」
『うん。おとうさんがいなかったから、探しに行った』
「そうか」
俺は卵の周りを見回した。
何かこの子に関する手がかりはないか、あるいは他にも卵はないか。
そう思って周りを見回して、探した。
すると、ツメのようなものが落ちているのを見つけた。
それを拾い上げて、まじまじと見る。
「これは……ああ、なるほど」
ちらっと原種の子を見た。
その子の足の爪と同じ形だった。
サイズだけが違うから、おそらくはこの子の本当の親の落とし物なんだろう。
『あれ? おねえちゃんは?』
「ああ、お前が速すぎたから、途中で休んでる」
『ええ!? どうしよう、ごめんなさいおねえちゃん』
原種の子はそう言って、来たときよりもさらにちょっと速い速度で駆け出して、引き返していった。
あっという間に谷から出て行った。
「追いかけるか」
エネルギーはそんなに余裕はないが、そんなにカツカツでもない。
何かあったらまずいから、追いかけて目の届く範囲におこう。
そう思って、「変身」とつぶやいた。
竜人の姿に再変身した――その直後。
俺が持っている、竜の爪が光った。
光を放った後溶けて――俺の足の所に集まった。
竜人姿になった俺の足はそれなりの鋭い爪が生えていたが、持っていた原種のツメが溶け込んで、その原種と同じ形のツメになった。
「どういうことだ……? む」
もしかして、と思い、俺は地面を蹴って駆け出した。
「ーーっ!」
驚愕した。
一瞬で分かった。
原種の爪を取り込んだ俺の足は、さっきまでの倍の速度を出せていた!




