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数日後、俺はジャンヌと一緒に、パーソロンからボワルセルに向かった。
竜人変身に合う武器を見繕いに街に行く、といったらジャンヌがついてきたのだ。
そのジャンヌが、「ほぅ……」と上気した表情で、俺の側に並んで一緒に街道を歩いていた。
「どうした?」
「シリル様のお姿、凄く凜々しく――神々しかったです」
「こうごうしい」
そんな言葉がまさか自分に向けられるとは思ってもなくて、棒読みチックでリピートしてしまった。
そう、武器を見に行く話の流れで、ジャンヌに一瞬だけ竜人変身の姿を見せたのだ。
それを見てからというもの、彼女はまるで恋する乙女の様な表情をしちゃってる。
「はい! あの様なお力を手に入れるなんて凄い事だと思います」
「そうか?」
「竜騎士の中の竜騎士と言っても過言ではありません!!」
ジャンヌは鼻息を荒くして力説した。
今の彼女は元の「お姫様」の格好じゃない。
ユーイと俺が契約して身につけたスキルで、姿を変えた「ジャンヌ」だ。
元の清楚で上品な姿から、美しさを損なわずに、親しみやすい「普通の娘」的な姿になったのがジャンヌだ。
人間は、その時の姿によって振る舞いかたが大きく変わる。
ジャンヌになっているときの彼女は、元の姿よりもやや直情的で――感情に素直な感じがする。
そんな彼女の口から出てきたのが、「竜騎士の中の竜騎士」だ。
「それは嬉しいな」
ここ最近、リントヴルムを追放されてから何かと持ち上げられる事が増えたが、「竜騎士の中の竜騎士」ってのは、そんな中でも特に嬉しい褒め言葉だ。
「ありがとう、それは嬉しいな」
「お世辞じゃありませんよ! 本当ですよ!?」
「ああ、ありがとう」
俺は小さく頷いた。
竜騎士の中の竜騎士。
それはすんなり受け入れられる言葉だった。
最初はドラゴンと話せるだけだった。
今は変身すれば姿もドラゴンに近づけられた。
竜騎士の中の竜騎士――強く謙遜するようなものじゃない、素直に受け取っていいものだと思った。
「しかし、あれは力を使いすぎるのが難点だな。文句なしに強いんだけど」
「そんなに使うんですか?」
ジャンヌが首をかしげて聞いてきた。
「最初の時はジャンヌいなかったんだったな。牛一頭分を食べ尽くしたエネルギーが一分と持たなかったよ」
「そ、それは凄いです……」
「エネルギーをもっと大量に蓄えなきゃなんだけど」
「だけど?」
「食費が」
俺は苦笑いした。
「俺の食費だけで、うちのドラゴン全員分合わせての、更に三倍くらいはかかる」
「さ、三倍……しかもみんなの分合わせて……」
ジャンヌは驚愕した。
そうなるよな。
「しかも、これは贅沢なんだけど、たくさん食べる時、同じ味同じものだと最後の方飽きてくる。できれば違う味のものを多く、が食べやすいんだよな。そうなると更に食費が嵩む。食費はどうにかなるけど、味はなあ」
「コックをお雇いになりますか?」
「うーん」
「私がいい人紹介しますよ」
ジャンヌが意気込みながらいった。
見た目は普通の少女だが、そこはやはり一国の王女だ。
たぶん人脈と部下とかがたくさんいるんだろう。
コックくらい、いくらでも紹介できる当てはあるんだろうな、っていうのが雰囲気から伝わってきた。
俺はほとんど考えずに即答した。
「いや、それはいい」
「ど、どうしてですか」
「紹介とかじゃなくて、自分の目で見て、自分が信頼できる、って思った人をって思う。仲間って事になるんだから」
「信頼できる、ですか」
「ああ、そういうもんだろ」
「は、はい……」
ジャンヌは俯いてしまった。
顔はよくみえないが、耳が真っ赤になっていて、肩をわなわなと震わせている。
まずい、怒らせたか?
姫様の申し出をあっさりと断ってしまって、プライドとか傷つけてしまったか?
フォローしなきゃ――。
「信頼できる仲間……嬉しい……」
「え? いまなんて」
「ひゃあ!? な、なんですか?」
「いや、今なんか言ってたけど……」
「ええ!? こ、声にでちゃいました!?」
「ああ。なんていったんだ?」
「聞かれてない……? えっと! なんでもありません!」
「そうか? でもさっき――」
「なんでもありませんから!」
「お、おう」
ジャンヌの勢いに気圧されてしまった。
なんだかよく知らないが、あまりつっこまない方がいいのかもしれないな。
「その! た、楽しみにしてます」
「楽しみ?」
「はい、いいコックがシリル様の安定した変身に繋がりますので。竜人の姿素敵なので、だから楽しみにしてます」
「そう。うん、がんばる」
よほど俺の竜人姿が気に入ったんだなあ、と。
そう思うと、ちょっとだけクスッとした。
ジャンヌとそんなやり取りをしながら街道を歩いてボワルセルに向かう。
ふと、目の前に見知らぬ一団が現われた。
街道を立ち塞がるような形の一団に、俺とジャンヌは足を止めた。
「へへへ……」
全部で10人、全員がならずものっぽい格好をしてる男だ。
先頭に立ってる男が下卑た笑みを浮かべていた。
「こいつはいい、ただのコロシだと思ってたけど、ボーナスもついてるじゃねえか」
男はそう言いながら、なめ回すような目でジャンヌを見た。
「――っ!」
ジャンヌはビクッとして、身がすくんだ。
「何者だ、お前達は」
「なあに、大した名前もねえ、その辺のごろつきよ」
「金さえもらえりゃなんでもするような底辺も底辺さあ」
「金さえもらえりゃ?」
俺は眉をひそめた。
「お前さんの事をよく思ってねえのがいるってこった」
「だれだそれは」
「今から死ぬヤツがそんなことを知ってもしょうがねえだろ」
「……死ぬときに呪える相手がいるのといないのとじゃ大違いだ」
「へっ、物わかりいいじゃねえか。いいぜ、それ――」
「おい、さすがにやめとけ」
「別にかまわねえよ。どうせ死ぬ人間だ――古巣に迷惑をかけ過ぎたんじゃねえのか? んん?」
「リントヴルムか」
「まっ、そういうこった。あの世でゆっくりと連中をうらみな。ついでにドラゴンを連れ歩かなかった自分のうかつさも呪いな」
男がそう言うと、一斉に武器を抜き放った。
なるほど、そういうことだ。
竜騎士が色々できるのは、あくまでドラゴンを使役しているから、というのが常識だ。
俺を暗殺しようと待ち伏せてるこの連中は、俺がドラゴンを連れていないこのタイミングを狙ってでてきた、ってことか。
「し、シリル様」
「大丈夫だ。変身すればいける」
「で、ですが。あれはエネルギー消費が」
「なあに」
俺はふっと笑い、ごろつき連中に視線を向けた。
「こんな奴ら、一秒もかからん」
直後、俺は変身した。
光の中竜人に変身した俺は、一瞬だけ全力を出して、全員に肉薄しつつ胴体を突き抜けるほどの当て身を喰らわせて、気絶させた。
そして、元立っていた位置に戻ってくる。
その間、宣言通り。
一秒もかからなかった。
そして、信じられない、何が起こったのか分からないって顔をしながら、ごろつきどもは崩れ落ちていく。
「なっ!」
俺は振り向きながら、ジャンヌにウインクをした。
「さ、さすがですシリル様!」
ジャンヌから怯えが一瞬で消え去って、代わりに大いに興奮しだしたのだった。




