慢心と成長
昼食を終える頃には一時避難ということで続々と村人たちが隠しダンジョンに集まっていた。
30人ほど集まった人の中に子供の姿もある。
「あ、坊ちゃん、こいつに刺繍教えてやって貰えませんか?」
ラースが男の子を連れてきた。
「君は・・・」
「ベクトールです。6才です」
おー元気に挨拶できて偉いねー。
村の子だろうか。
全く顔に覚えがない。
6才ということは、俺が崖から落ちた頃3才だろう。
俺は村で1番年上の子供だったが、スキルの話題に触れられたくなくて年下とは遊ばなかった。
というか、戦闘スキル持ちと遊んだらうっかり大怪我をすることがあるので遊ばせて貰えなかった。
「片方のスキルがエンブロイダリーなんすよ」
「そうなのか」
「うちの子全然刺繍覚えようとしなくて・・・ディー君お願いできますか?」
両親と思われる男女も男の子の後ろに立っていた。
「刺繍なんてやだよ、僕男だよ!かっこ悪いじゃん!」
「こ、こらベック!」
両親に説得されながら俺の前に立たされている。
昔の俺に似てるな。
違うのはヤダって言えることか。
ジメジメと心の内に溜め込むより健全な子だ。
子供同士の方が話しやすいだろうと、ベクトールを置いていった。
俺、子供じゃないんだが・・・。
「ベクトール、エンブロイダリーを極めれば露店で売れる物の幅が広がるんだ。手伝ってくれないか?」
「欲しかったら、買ったり盗ってきた方が早いってお母さんが言ってたよ」
盗って来ちゃうの?!
どんな教育だ?!
さっきの感じでまともな親だと思ってたけど、それはダメだろ!
「人の物を奪うより作る方がかっこいいだろ?」
俺が色々教育してやる!
「えー・・・うーん・・・」
乗り気じゃないか。
俺は狼のぬいぐるみを取り出す。
「ほら、これ見てごらん。ミスリルの刺繍なんだって。スキル持ちじゃない俺でもこれだけできるんだ。スキル持ちならもっとかっこいいのが作れるよ」
「・・・そうなの?」
「うんうん、自分の思い通りのかっこいいのが作れる。みんな欲しがるから売れるし、売ったお金で色んなものが買えるんだよ」
「そうなの?!」
ベルトールの目がキラキラし始めた。
よしよし、純粋な子は目が綺麗だ。
若干お金に釣られた気もするが、やる気が出たならそれでいいだろ。
これくらいの年の子と話していると、なんだかホール大陸のみんなに会いたくなってくる。
エール、ちゃんと露店やってるだろうか・・・。
なでなでとベクトールの頭を撫でた。
「え?なに?」
「んーやる気のある、いい子だからかな!」
「そっか!」
よしよし、中身はテオドールと同い年くらいだから誤魔化しやすいな。
「・・・ディーは俺の祖父に似ているな」
いつの間にか後ろに立っていたお父様が呟いた。
「お父様の祖父?どんな方だったのですか?」
「そうだな・・・・・・オーガかな」
どんな曽祖父さまですか?!
曽祖父さま、魔物レベルなの?!
「それよりほら、ディーの裁縫箱。屋敷を出る時に持ってきたんだ・・・形見にならなくてよかった」
「お父様・・・」
「それと、スキルアップの書だ」
「・・・・・・ありがとうございます」
【指先が自然に選ぶ本格刺繍!王道刺繍から今どきまで!可愛いが作れる刺繍入門!今なら最新刺繍枠の付録付き!】
このシリアスクラッシャーなタイトルは間違いなく俺の本だ。
多分ネジ止め式じゃなくて、はめ込み式になった最新刺繍枠が裁縫箱に入っているはずだ。
改めてベクトールと本を挟んで座り直す。
早速俺の本から読んでみよう。
当時の俺は読みたくなくて、飛ばし読みをしていた。
最初のページを見るのは初めてだな・・・。
ぴらっ・・・。
「なになに・・・エンブロイダリーは刺繍枠の中に自分の世界を創造する無限のパワーを秘めている・・・」
テーマがデカい!!
ページにびっしりと、いかに自分を表現するかが書かれている。
ニットやクロシェみたいに干渉する相手がいない分、自分の世界に閉じこもってしまったようだ。
「僕もスキルアップの書あるよー」
ベクトールもスキルアップの書を取り出す。
【世界を広げよう!基本から販売デビューまで徹底指導!好みに合わせて選べるステッチ術!付録はクロスステッチ基本キット!】
中級スキルアップの書のようだ。
多分『販売デビュー』に惹かれたのだろう。
スキル持ちとはいえ、初級から進めていった方がいいのではないか?
「ベクトール、初級から始めないか?」
「僕スキル持ちだから大丈夫」
きっと大丈夫じゃないやつ!
まぁ、俺の本はシェリーが選んだ女の子向け刺繍が多く載ってるから、男の子は興味を惹かれないだろう。
ここはベクトールの意見を尊重して、中級からやろう。
ぴらっ・・・。
「なになに・・・無限に存在する糸の並び。刺繍枠のキャンパスに自分の心を映しだせ。光が注ぐとき、その煌めきが・・・」
ポエムだと?!
どうした製作者?!
ぼっち過ぎてキマっちまったか?!
「なんか邪眼が開いたような文面だな・・・」
「じゃが?」
「・・・なんでもない。ほら、刺繍練習用の布もある。これでやってみよう」
付録の中に小さな穴が等間隔にびっしり空いている白い布がある。
無駄に力を込めなくても楽に針が刺せて、等間隔にステッチできるから練習に向いているんだ。
刺繍に適した布は目が詰まっていて、伸縮しない物がいいとされている。
分厚いと針を通すだけで力がかかって大変だったり、薄すぎると力を込めただけで糸が通る穴がでかくなったりする。
といっても、それをものともせず刺繍する職人もいるし、何事もやってみるしかない。
ちなみにステッチとは針目のことだ。
ソーイングのステッチといえば縫い目のことで、縫い終わりを綺麗に仕上げる技法などがある。
刺繍のステッチは表現する刺繍そのものだ。
クロスステッチとは刺繍のステッチが交差している刺繍の技法で、必ず同じ方向が上に来るようにステッチすることで綺麗に仕上がるんだ。
「ステッチ覚えるのめんどくさい」
針に刺繍糸を通しただけで止まってしまった。
諦めるのが早いぞ!
「いま全部覚えて使う必要はないよ。でもステッチの向きで同じ糸でも全然違う色に見えるだろ?だから色んな技法が使えた方が作れる物が増えるんだ」
統一感を出すためにあえて同じ技法で作ったり、同じ糸なのに縦と横の向きで全く違う色に見えたりする。
グラデーションを付けるための技法だって沢山ある。
絵の具と違って糸を混ぜられないんだ。
ひとつの目的を達成するためだけに、たくさんの人が、たくさんの技法で挑んでいるんだ。
「・・・難しい」
「何も難しくないよ。まずひとつ、人に見せられる物を作ってみる所から始めればいい。ほら、刺繍枠に布を挟むんだ」
ベクトールの手にはそのままの練習布がある。
「僕これ嫌い。いかにもエンブロイダリーって感じだもん」
「これ使うと布を広げる余計な力を使わなくて済むから、楽に綺麗に作れるんだ」
「・・・だって刺繍枠のキャンパスに自分の心を」
「ベクトール、それは、忘れなさい」
あのポエムは幼い子には刺激が強かったようだ。
チクチクと布に描かれた線に沿ってクロスステッチをしていく。
普段俺が使う刺繍のように、線が重ならずスペースを埋めるだけの刺繍とは違う。
最初はバツの字を縫う練習だけで飽きてしまうが、糸の本数を増やしたり絵をなぞってステッチしたり・・・。
気付いたら手のひらサイズの花束を模した刺繍ができあがっていた。
普段の刺繍より細かくステッチされ、小さな絵画のようだ。
「これは確かに没頭するな」
そしてぼっちになってしまったのだろう。
できるだけエンブロイダリースキル持ちには優しくしよう。
「ねーディー兄さん、飽きたー」
ベクトールは刺繍枠に入った布にクロスステッチを3つ作って止まっていた。
「ベクトール、全然進んでないじゃないか」
「もっと凄いのがいいー」
「もっと凄いの・・・あ!」
あるある!凄いの!
俺はエンブロイダリーの上級スキルアップの書を取り出した。
【立体感と透け感がポイント!エンブロイダリーの真骨頂!アクセサリーにも使えるオーガンジー刺繍!すぐに始められる完全版!】
「これなんてどうだ?」
「わっ!すっげー!上級スキルアップの書だ!」
ベクトールのやる気が少し回復したようだ。
キラキラした表情のまま、一緒にページを捲る。
ぴらっ・・・。
「なになに・・・刺繍枠の向こう側に行きます・・・」
ちょっと待って!?
誰か今すぐ製作者の生存確認してきて!!
この一文だけであと白紙とか怖すぎるから!!
「キャンパス無くなっちゃったの?」
「刺繍枠なしで作れるみたいだね・・・」
自分の限界の向こう側って意味だろ、そうだろ、そうだと言ってくれ。
とりあえず付録を開ける。
「中身は刺繍糸、刺繍針、薄い布、針金、ビーズ、ペンチ、ノリ・・・少なっ!」
「えー上級なのにしょぼい」
ぴらっと薄い布をヒラヒラさせている。
そのまま破れてしまいそうなほど薄い。
「えーと・・・その薄い布がオーガンジーか。材料予備あるし、ベクトールも作るか?」
「・・・いい」
完全に興味を削がれてしまったようだ。
まぁ、完成品を見れば興味を持つかもしれない。
「えーと、まず針金で枠組みを作るのか」
好きな図形に変形させろ、とある。
段々投げやりな説明になってないか?
上級だから全部言わなくてもわかるだろってことか?
とりあえず練習だし、円形でいいか。
レザークラフトを作った時の工具の持ち手に針金を巻き付ける。
ちょっと楕円になったが、まぁいいだろう。
端をペンチで切って、内側に目立たないように巻き付ける。
「これにオーガンジーをノリで仮付けするのか」
針金にノリを付けて、ペタっと貼り付ける。
「・・・お、乾いた」
さすが上級グッズ。
あっという間に乾いたようだ。
「これを切り取って・・・あとは周りをぐるぐる刺繍糸を巻き付けるだけ・・・」
簡単だなおい!
「ベクトール、これすごく簡単・・・いねえ!」
後ろを見れば子供の集団に合流しているベクトールがいた。
・・・いいさ、子供は子供同士遊ぶのが仕事だもんな。
俺は無心に刺繍糸を巻き付けていく。
針金がすっかり刺繍糸で覆われた。
「あとはこれに、ビーズを縫い付け・・・あ、ノリで付けもいいのか・・・できた!」
刺繍糸で囲まれた薄い布、その縁に大きさの異なるビーズが光っている。
厚い布だけで作るアップリケとは違い、オーガンジーの柔らかな透け感がなかなかオシャレだ。
「へー・・・オーガンジーってウエディングドレスやコサージュに使われる布なのか」
重ね使いでボリュームの出せる高級な布のようだ。
道理で薄いのに目が詰まっている。
刺繍糸に負けないから、透け感のある立体的な作品になるのか。
今回はノリ付けしたビーズだが、これを縫い付けるには初級か中級の技術も必要になるのか?
確かフランシスが見せてくれた帽子のアクセサリーもビーズが向きを揃えて縫われていたな。
やっぱり上級スキルアップの書を読むには初級と中級を読んでからのがいいだろう。
オーガンジー刺繍はそのまま飾ってもいいし、アクセサリーとして縫い付けてもいいと書いてある。
用途は無限にある。
確かに刺繍枠の向こう側に行ってるな。
俺は紐を付けてアクセサリーとして鞄に付けることにした。
星や花の形に作ってもオシャレに仕上がりそうだ。
「わー!テオドールさんすっげー!!」
後ろから声がして振り返ると、子供たちがでかい箱に群がっている。
俺は裁縫箱を片付けて近付いた。
「テオ、もしかしてそれエレベータか?」
「そうだよー!」
ガタガタ・・・。
エレベータの壁にはビートバンで見たような魔石と銀色の模様が描かれている。
魔石から動力を貰っているのか、青色の魔石の周囲にほんのりと青色の光が漏れていた。
そして・・・さっきから何故かガタガタと揺れている。
「おいテオ、ちゃんと専門書読んだか?」
「大丈夫だよ、仕組みはビートバンと同じだし!」
「テオドールさんが作ったのなら大丈夫だ!」
「賢者テオドール様なら大丈夫!」
うぇーい!と村人たちと笑っている。
大丈夫じゃねぇ!
確認大事!!
見ればエレベータがガタガタ揺れながら、子供たちを乗せて上に上がっている。
かなり不安定だ。
「ねぇ見て!のぼったー!」
エレベータの天井にも3人ほど登っていた。
「こら!そんな乗り方、危な・・・」
「ねー!僕も乗る!」
ベクトールがふわっと浮き上がる。
浮遊かサイコキネシス系のスキルなのか、ひゅんと飛びエレベータを掴んだ。
グラッ!
「きゃっ!」
「うわっ!」
エレベータが重心を失い、グルンと回転する。
同時に、子供たちが熟練したアクションで飛び降りた。
「あっぶねー」
「揺れたねー」
子供たちは戦闘スキル持ちなのだろう。
みんな余裕な表情でエレベータから離脱した。
「・・・あ」
回転するエレベータが、俺に向かって落ちてくる。
これ・・・どっちに避けても・・・当たる・・・。
ドガァアアン!!
「ディー!!」
テオドールの叫び声が遠くで聞こえた・・・。
「やー危ないっすねー」
「こーらガキどもー。自分だけ逃げるなー」
頬を撫でる土ぼこりが落ち着く頃、俺は恐る恐る目を開け自分の状況を確認する。
エレベータはエスロットの前でバラバラに大破し、俺はその後ろでラースに担がれていた。
「・・・あー・・・助かった」
走馬灯を見る間もなく死ぬかと思った。
「俺たちもいるんで、そう簡単には死なせませんよ」
あははと大剣を振り回している。
心強い限りだ。
「・・・ひゅっ」
テオドールが口元を押さえて蹲った。
「テオ?」
「いき・・・くるし・・・」
「おいテオ!どうした?!」
スキル使いすぎたのか?!
魔力切れ?!
指先が小刻みに震えている。
こんな症状聞いたことない・・・。
「あぁ、身内が死ぬとなるやつか。テオドールさんもまだ揃ってなかったんすねー」
さらっとラースが口にするが、なんの事だ?
「それどういう・・・」
俺は顔を上げて絶句した。
自警団も子供たちも、さっきまでと雰囲気が違う。
目に感情がないのに・・・口元が笑ってる。
「あーそれ痛いよな。あっちで休んでいてください。こっちは片付けるんで」
エスロットも口元だけ笑っていた。
「・・・わかった。テオ、いくぞ」
「・・・うん」
俺はテオドールを連れて適当な家に入った。
テオドールが作った3階建ての四角い建物。
何も無い部屋の隅にモフモフ布団を出してソファー代わりにした。
「大丈夫なのか?」
「・・・わらんない」
テオドールの顔色は悪いままだ。
「何があったか言ってみろ。うまく説明できなくても。わかる範囲で全部吐け」
こういう時は喋らせた方がいい。
奴隷商に船で連れてこられた子供も、たまにこうやって震えていることがあった。
優しい言葉より、自分の状況を把握させた方が落ち着くこともあるんだ。
「ディーが・・・死んだと思った。僕が作ったエレベータで・・・ちゃんと確認しなかったから。死なせるのが・・・こんなに怖いなんて知らなかった・・・」
「・・・うん」
うっかり俺を殺しかけてびっくりしたのか?
「なんかね・・・ドット兄様が撃たれた時のこともね、思い出しちゃって・・・もしあれで死んでたら、とか・・・何でだろ、今まで起きたことが・・・全部怖い」
ぎゅっと自分の手を握りしめている。
「そうか・・・俺は落ちてきた時怖いとか考える余裕なかったな・・・あぁ、さっきのみんなの表情ちょっとだけ怖かったかな。ほら、駅で撃ってきたあの紳士っぽい奴に表情似てただろ」
笑顔なのに、目が笑ってなかった。
「そうだね・・・今までね、何が起きてもただびっくりしたとか、それくらいだったんだ。・・・何で思い返すとこんなに怖いんだろ・・・」
「さぁな・・・今まで知らなかったんじゃないか?」
子供らしい無謀さとでもいうか。
落ちることをわからずにどんどん上に登っていったり、物が落ちてくるってわからずに上にある物を掴んだり。
・・・いや、子供っぽすぎるか。
「そっか・・・今まで怖くなかったんじゃなくて、怖いって知らなかったんだ。・・・そっか」
どこか腑に落ちたような顔もするが、受け止められていない表情だ。
「・・・俺も知らなかったんだが、子供のころに戦闘スキル持ちと遊んでたら死んでたな」
あそこまでポテンシャルに違いが出るとは思わなかった。
「大丈夫だよ、ディー強いし」
「ま、確かに運は強そうだな。そういえば、ラースが変なこと言ってたな。身内が死ぬとなるとかなんとか・・・」
バンッと壁を叩く音がして、口を押さえて脂汗を流すエスロットが現れた。
「テオドールさん!すぐ来て欲しいんですが・・・」
「なんだ!また問題が起きたのか?!」
俺たちはすぐに広間に戻った。
「あ!坊ちゃん、見てくだーうお!」
「ラースさんジャマー!」
「おーし!どけどけー!」
「「ぎゃーー!」」
頭上から声がする。
顔を上げると、エレベータの残骸で空を飛ぶムキムキと子供たちがいた。
残骸に上半身を乗せて飛び、壁際でくるりと向きを変えて、蹴り出して勢いを付ける。
勢いが良いせいか、バタバタと足がバタついている。
そうか・・・ビートってバタ足って意味だったな・・・。
「あれがビートバンの正しい乗り方って・・・現実は厳しいよな・・・」
ビュンビュンとムキムキたちが空を泳いでいる。
なかなかのカオスだ。
「ぶはっ!」
テオドールが吹き出した。
随分シュールなショック療法だ。
「テオドールさん、早く作り直してください・・・」
口を押さえてプルプルするエスロットは限界のようだ。
いっそテオドールみたいに吹き出せばいいものを。
「・・・うん!しょうがない、がんばる!」
まだ笑顔がぎこちないが、そのうち戻るだろう。
俺たちは隠しダンジョン整備を再開した。




