お帰り会
「アペリティフの輪に星が戻る奇跡に!乾杯!!」
「「「カンパーイ!!」」」
アペリティフの村人50人ほどで俺のお帰り会。
どこから持ってきたのかビール瓶が各テーブルに置かれていた。
無事に焼き上がったカイエットはパリッとした網脂が香ばしい。
トマトで作ったソースは酸味と甘味があり、苦味のあるほうれん草ともよく合う。
何より、濃い肉汁と一緒に流し込むビールが美味い!
「これ美味しいわね!ソフィアが作ったの?」
後ろの席で猫耳がピコピコ跳ねている。
「そうよ!カイエットって言うの。ディー君に手伝ってもらったのよ」
「お!坊ちゃんも隅に置けませんね」
茶化すなよ猫耳ラース。
過激な求婚劇をしたお前にはわからないだろうが、料理したくらいで女子との距離が縮むと思うなよ。
「料理は何度もしてきたからな」
トロールと料理したのは初めてだけどな。
「ディーと酒を飲むのは初めてだな」
「そうでした・・・お父様、俺が戦闘スキルでなくとも、育ててくださりありがとうございました」
奴隷商で俺は愛されていたと思い知ったんだ。
「・・・言っただろ、俺の息子だって」
お父様と乾杯してビールを流し込んだ。
今日ほど美味い酒はない。そう思えた。
「坊ちゃん、こっちでも飲みましょう」
エスロットが手を振っている。
「・・・こういうのって主役の所に来るもんじゃないのか?」
「酒のある席に来るのが主役ですよ」
「それもそうだな」
酒があるなら移動するのも苦ではない。
「またディーを取られたか」
「ははっ、みんなにも挨拶してくるだけです」
俺は空のグラスを持って席を回っていった。
「はい、あーんしてねー」
「ぷぅ!」
隣の席でイザベラがアメリアに離乳食をあげていた。
・・・が、よそ見をしていて口からはみ出している。
「ぅうーあー!」
「ふふ、ヨルヨンお姉ちゃんが気になるかー。それじゃ食べさせて貰っちゃおー」
「ヨルがあげていいの?」
「ええ、ひと口ずつどーぞってしてね」
「えっと・・・どーぞ!」
小さいスプーンを握りしめ、そろりと口に運ぶ。
「あむ」
「わっ!食べた!」
小さい口でひと口ずつご飯を貰っている。
・・・スタイ縫わなきゃ。
使命感に駆られた俺は空のビール瓶を置き、鞄からP素材の布と綿の布を取り出す。
作るのはスタイだ。
スタイとはヨダレ掛けのことだ。
由来は不明だが元はどこかの商品名だったそうで、ヨダレ掛けより響きがいいから最近はこの名称で呼ばれている。
肌にあたる面は綿素材で、ヨダレや零れたご飯が染み込まないようP素材を裏面に使う。
形はスカーフのように先が尖っていたり、レースが付いているものなど様々だが、とりあえずオーソドックスな丸いスタイを縫う。
「お!アーちゃん!いっぱい食べてまちゅかー?あ、それ俺の指で・・・歯が痛いでしゅよー!」
ラースがアメリアを構うが、指を握られモグモグされている。
奴隷商でもこの時期の子はモコモコした柔らかい物より、硬いガラガラや床に敷き詰めた衝撃吸収用のマットの端を噛むのが好きだったな。
きっと下の歯が生えてくるムズムズから、硬い物を齧る衝動に駆られるんだよーとルミナ姉が言っていた。
マットの素材はないから、そのままラースの指でも噛んでいてくれ。
アメリアの着ている服は薄い生地の半袖ロンパースだ。
子供服は様々な名前と組み合わせがある。
短肌着や長肌着、コンビ肌着、ボディ肌着、ロンパースなど肌に直接触れる物はこれでもかと細分化されている。
ついでに、綿素材の生地も細分化されている。
風通しのいいガーゼ、伸縮性に優れたフライス、フライスより厚手のスムース、タオル生地のパイル。
これから寒くなるからスムースで七分袖ロンパースを作るか。
ロンパースはツナギのような肌着で股下にボタンがある。
オムツ替えがしやすく、夏服として1枚着せておけばお出かけもできる便利な服だ。
似たようなものにカバーオールがあるが、これは肌着ではなく上から着るものだ。
中に着る肌着はツナギのような薄手のボディ肌着がオススメだ。
ツナギのようなので、短肌着や長肌着、コンビ肌着のように脱がせてみたら紐がほどけて肌蹴ていた、なんてことがない。
産まれて7ヶ月か。
難民生活だから贅沢な暮らしはさせてあげられないが、せめて洗い替えできるだけの服は用意してあげたい。
これから寒くなるし、素材はアモーレの町でトライドットに沢山買ってもらったから何着か縫っておこう。
じぃー・・・推定8キロ以上、70センチって所か。
あっという間に80になるから、余裕を見て作らないとワンシーズンも着れなくなるからな。
そろそろ上下別れた服を着せても可愛い時期だ。
カボチャパンツもおまけしておこう。
つかまり立ちができるならロンパースなどの股下ボタンを止めるより、カボチャパンツの方が履かせやすい。
今回のカボチャパンツはオシャレなチェック柄にしよう。
名称はパンツだが、ズボンだもん。
アメリアがぷくぷくしたほっぺをヨルヨンにスリスリと擦り付けている。
俺も後で抱っこさせて貰いたいな。
「え、坊ちゃん何してるんですか?」
「スタイ、カボチャパンツ、ロンパース、ボディ肌着、カバーオールを縫っている」
「え?ロンパ?え?」
ラースはもう少し勉強が必要だな。
自分の娘が何を着ているか知っておけ。
「わー!見なくても縫えるんだー!」
ソフィアもできあがったカボチャパンツを持ち上げている。
布とゴムをしっかり使ったからお腹や太ももが圧迫されない自信作だ。
「スキルのレベルが上がったみたいで、見なくても縫えるし、歩きながらでも縫えるよ」
ハッ・・・。
何を言っているんだ俺は。
つい気を抜いて喋ってしまったが、これ自慢にならない自慢話だろ。
それ、いつ使うの?とか言われたら俺の自尊心が悲鳴を上げる・・・。
「凄いね!私ずっとソーイングやってるけど、全然レベル上がらないよ!ほらアーちゃん、カボチャパンツよー」
チェック柄のカボチャパンツをアメリアに見せている。
・・・よかった、ソフィアがいい子でよかった。
俺の尊厳を守ってくれてありがとう!
トロールとか思ってごめん!!
「ね!どうやってレベルアップしたの?」
「どうやったのかな・・・ソーイングのスキルアップの書は読んでないし・・・毎日弟分たちの服を縫ってたくらいか?・・・いや、魔物とか倒したからかもな」
自分で倒したスライムや狼、仲間が倒したスケルトンやクラーケン。
思ったより俺、冒険してた!
「えー違うんじゃない?多分戦闘中にソーイングスキル使ったからだよー。ほら、ヨルヨンが戦闘中にワンピース縫ってたでしょ」
「あーそんなこともあったな」
オリビア姫とヨルヨンがサイクロプスをかけて戦ってた時、墓石を机替わりに帰りのワンピースを縫っていた。
確かに戦闘中にスキルを使ってたな。
むむーとソフィアが難しい顔をする。
「うーん・・・スキルのレベル上げ方法わっかんないねー」
「そうだな」
レベルは上がった方が便利だが、やり方が分からない以上どうしようもない。
ソーイングのスキルアップの書をいつか読んでみよう。
そういえば、城でもらったクロシェとエンブロイダリーのスキルアップの書もまだ読んでなかったな・・・。
「ディー、ヨルヨンが戦闘したとは、どういう事だ?」
・・・俺の周りから人が消えた。
じーじ、色々説明するから、とりあえず剣を下ろそうか・・・。
「カボチャパンツ、ふんわりしてて可愛いねー」
再び猫耳集団の元に行くと、アメリアがカボチャパンツを履いていた。
うむ、似合うぞ。
「奴隷商ではこのくらいの子から15才くらいまでがいて何度も縫ったからな。今では型なしでも縫えるんだ」
「・・・こんな小さい子もいるの?」
「そうだな。戦闘スキルじゃない、スキルがひとつしかない、魔力が低い。それに戦争孤児か。色んな子がいたよ」
ちょうどこれくらいの年の子は、離乳食を食べれるから生存率が上がるんだ。
ゴミスキルなんて捨てられても育ててくれる奴隷商は、ほとんどない。
ドルドーラの奴隷商に入れてもらうため、わざわざ大海原を乗り越えてホール大陸に来る子が多かった。
「この子ね・・・まだスキル鑑定してないの・・・」
「・・・あ」
しまった、不安にさせてしまったか。
そりゃ同じくらいの子が捨てられて奴隷になるなるて話、聞いてて気分のいいものじゃないだろ。
猫耳を垂れさせるイザベラをラースが抱き寄せる。
「大丈夫だよ。どんなスキルでも俺たちの子だ。知ってるか?ミハイルだって坊ちゃん産まれた時、自警団まで来て今日は寝返りうっただの可愛いだの毎日・・・」
「ラ、ラース!お前、黙れ!あと領主と呼べって!」
「ミハイルー。口調、口調」
落ち着けーとエスロットがお父様の肩をポンポンと叩いている。
お父様、俺を自慢して回っていたのか。
「領土没収されたんで今はただのミハイルっすねー」
「ぐっ・・・いいか!必ずアペリティフの土地は取り戻す!俺たちの誇りと共に!」
「っすね。剣となり盾となるために!」
「「「剣となり盾となるために!!」」」
周りにいた自警団たちがビールのグラスを高く掲げ、2度目の乾杯をした。
貴族として振る舞うお父様もいいと思うが、こうしてみんなと仲良く酒を飲む姿も自慢の父親だと思う。
少し酔いが回った頃、辺りも薄暗くなってきた。
物資も余裕が無いだろうに、俺のお帰り会を開いてくれた。
みんなには感謝しかない。
「坊ちゃん、今いいですか?」
1人で涼んでいると、ラースが声をかけてきた。
「どうした?」
「俺・・・坊ちゃんに謝らないとと思って・・・」
先程までのちゃらんぽらんな雰囲気ではなかった。
「あの時・・・俺、手が伸ばせなくて・・・スキルで跳べば届いたのに、飛び出したあとの自分の事ばっかり考えてて・・・」
「・・・瞬足で跳べば確かに届いただろうが、2人で濁流に飲まれていた、だろ?」
スキルは万能じゃないんだ。
過信すれば、死ぬ。
「あの後、ミハイルに首を差し出したっす。でもいらないって言われました」
そりゃそうだ。
逆に欲しがられてたら困るぞ。
「俺もいらないからな」
「そっすか・・・今は、妻ができて、娘が産まれて・・・こんな気持ちだったんだって・・・大切な分、いなくなったら、こんなに・・・」
「ラース・・・」
俺がいなくなったことをこんなに思い詰めていたのか・・・。
「今は家族のためにもアペリティフまで走って水汲みの仕事してるっす」
「・・・え?」
領土侵犯して水汲み?
「井戸を使わせて貰えないんすよ」
「なっ!?」
「そのまま飲める飲み水がないだけで、普段使いする分はあるんですけどねー。なんせアペリティフのせいで主都に入れて貰えないって噂もありやすし・・・」
「なんだよそれ・・・」
どんだけ苦境に立たされてるんだ・・・。
「それに水汲みついでにベラルーラ軍から酒取ってくるんでいい仕事っす!」
・・・ここでも盗ってきちゃったかー。
なんでみんな自然に人の物盗ってきちゃうかな。
「そういやウルミ山の絶壁に行ってたんすけど、下に降りるための橋がかかってて。あれテオドールさんがやったんです?あいつら残滓をすげー調べてたんすよ」
「残滓?」
「魔力の残りカスを調べるスキルで、そこで何があったのか見ることができるんすよー。なんか上がってるかもしれないんでパソつけますか」
ゴソゴソと丸い金属を取り出した。
上がってる?パソ?つける?
ラースが丸い金属に魔力を供給すると、青白い画面が四角く浮かび上がる。
「ちょっと探すんで時間かかりますー」
「パソってなんだ?」
「通信系のスキル持ちが作ったマジックアイテムですよ」
いつの間にかエスロットが隣にいた。
「あの丸いのがパソ。通信施設【ユグドラシル】に登録された動画を見ることができるんです。ま、各国のプロパガンダしか上がってないんですがね」
「そうなんだ。便利な物があるんだな」
「パソはどこにでも売ってて、見るのはタダ同然。動画を上げるマジックアイテムは別にあって、国で厳重に管理してるんで手に入らない。・・・ラースのやつ、坊ちゃんに呼びかけるんだってベラルーラに取りに行ったんですよ」
「また盗りに・・・え?国で厳重に管理してるもの盗りに行ったの?!」
無茶をする・・・。
「そのくらい考え無しに坊ちゃんを探してたんだ。・・・もういなくなっちゃダメですからね」
ポンポンと頭を撫でられた。
みんなにもこんなに大事にされていたなんて思ってもみなかった。
「・・・ありがとう。もう迷惑かけないよ」
「それと、ミハイルは残滓見れるヤツ拉致しようと1人でベラルーラに突撃しかけて・・・止めるの大変だったんですよ。ほんと、もういなくならないでくださいよ」
「・・・手間を掛けたな」
何してるのお父様!?
「あ、ちょうどベラルーラから何か動画が上がってますねー」
ラースが青白い画面をポチッと触る。
ブーンと不快音のあと、青白い画面は色彩豊かに映像を映し出した。
『・・・ベラルーラ国東部戦線から不審者情報です。情報提供を求めます。・・・「かなりうまいな」「おいしい!」・・・』
そこには美味しそうにチョコを頬張る俺とヨルヨンの姿があった。
パッと画面が切り替わり、俺が赤いベストを編んでいる様子も映し出された。
『「その手にあるのは?」「ベストだ。これから冷えるからな」・・・こうした挑発行為は2時間に及び、我が国に対する重大な侵攻であると認識。この3名の情報を求める。以上・・・』
「敵陣の前でチョコ・・・」
「優雅に編み物・・・」
いつの間にかザワザワと集まっていた自警団と村人たち。
・・・ごめんなさい。
敵国に挑発行為なんて思われてしまった。
このまま俺が避難地域に留まれば、アペリティフの民が更なる苦境に立たされてしまう・・・。
「あの・・・」
「坊ちゃんすげぇ!!」
「へ?」
ラースが拳を握りしめている。
「さすがだ、ディー。それでこそアペリティフの男だ」
「へ?」
お父様が腕を組んでドヤっている。
「2時間も・・・ぶふっ・・・くくっ・・・」
エスロットだけはツボに入ったようででかい体を屈めている。
「いやーよくやってくれた!さすが時期領主様だ!」
村人たちもさっきのお帰り会以上に騒ぎ出す。
どうしたみんな。
今以上に立場が危うくなったんだぞ?
ベラルーラ国にカタラーゼ国にベニチェア王国から指名手配されて、祖国からは見捨てられてるんだよ?!
「ディートハルトに乾杯!」
「乾杯!!」
うぇーい!と村人が盗ってきたビールをあおっている。
「・・・ははっ乾杯」
もう、明日考えよう。
俺のお帰り会は呑み潰れるまで続いた。




