互いの状況
「ここに難民管理局があるのか」
俺たちは駅の近くにある、少し煤けた白い建物に入っていった。
駅員の話では役場の業務が難民でパンクしたため、専用の窓口として難民管理局を作ったのだそうだ。
確か西側のアペリティフを含む3つの領地が取られたんだったな。
主都行きの駅しかない田舎町に領地3つ分の難民が押し寄せれば、そりゃパンクもする。
せめて難民のデータベースが揃っていることを祈るばかりだ。
「ちゃんと働いたじゃないか!」
「そうだ!報酬を支払え!」
扉を開けると怒鳴り声が聞こえてきた。
やめろよビックリするだろうが。
「そう言われましても・・・。こちらの管轄でない職についてまで管理はしておりませんので・・・」
「昨日までここの管理にあっただろ!」
「何とかしろよ!」
管轄外の職でのトラブルの持ち込みか。
昨日まで職としてあったが、今日は無かったか。
まぁ日雇いだとよくあるよな。
俺はドル爺の元でこのタイプのトラブルを嫌と言うほど聞かされてきた。
安くても堅実な安定職に就け!と言うのがドル爺の持論だ。
役場が管理していない金回りのいい職はよほどスキルに自信があるか、運がいいか、悪いことに加担させられているか、だそうだ。
しかしこれだけの人数の職がなくなったのか。
見ればフードをした男たちが10人以上いる。
難民区域だから職が無くなるってのは珍しい事じゃないのかもしれないな。
騒ぐ集団を見ていると、そのひとりが俺の顔を見て驚いた。
「な、坊ちゃん?坊ちゃんじゃないですか!」
フードを外してこちらに走ってきた。
その薄緑色の髪には見覚えがあった。
「俺っす!自警団のラース!」
「自警団?・・・それじゃあ」
「なに!通してくれ!」
人を掻き分けて男が出てきた。
少しくたびれた服を着た、細身の男。
「お父様・・・」
「ディーなのか、本当に、本当に・・・」
お父様は俺のそばに来ると目に涙を浮かべ、言葉が出ない様子だった。
お父様が俺を抱きしーー。
「とりあえずテントに戻りますか」
「へ?」
ひょいっと俺を肩に担ぎ上げ、フードをしたマッチョが走り出した。
ぴょんぴょんと建物の屋根を飛び越えていく。
景色が上下に揺れる。
「おい!連れていくな!待て!」
お父様が後ろを追ってくる。
まるで餌をぶら下げられた馬のようだ。
「あー聞こえませーん。黙って走ってくだせー」
聞こえてるじゃん!
肩越しに見れば、お父様の後ろをフードの集団がゾロゾロと続いて走っている。
みんなスキルで走っているためか、屋根の上を無音で跳ぶ。
え?何この状況。
すごく怪しい集団が屋根を飛び越えてるんですけど。
俺はテオドールたちを置き去りにして運ばれていった。
「ふー、坊ちゃんが静かに運ばれてくれて助かりました」
別に静かにしていた訳じゃない。
ビートバンのせいで叫び疲れて声が出なかっただけだ。
俺は簡素な椅子と机があるだけのテントに連れ込まれた。
マッチョがフードを外す。
短い金髪がツンツンと逆立っている自警団の隊長だった。
「おい、エスロット!ディーを下ろせ!」
「はいはい。どうぞ」
ポイッと餌でも与えるように俺をお父様に投げ寄越した。
「ディー、ディーよく生きていた・・・あの時は邪魔だなんて、言って・・・ずっと謝りたかっ・・・」
「・・・いえ、わかってますから」
お父様は泣いたまま俺を抱きしめる。
俺も泣きそうだ。
もう会えないかもしれないとか、センチメンタルな気持ちを抱えてここまで来たんだ。
思ったよりあっさり見つかるなんて思ってもみなかった。
「そうだ、お母様たちにも挨拶がしたいのですが」
ピクッ・・・。
お父様が動きを止めた。
周りを見れば自警団のみんなが目を伏せている。
誰も視線を合わせてくれない。
何だこの空気・・・。
・・・まさか。
「・・・そうですか・・・お母様も、シェリーも、立派に盾となられましたか」
あの屋敷跡を見た時から覚悟していたはずだ。
それなのに・・・手が震え、汗が止まらない。
「あ、あの、坊ちゃん。嬢ちゃんは生きてますぜ」
「へ?」
ゴツン!
「阿呆!誰かに聞かれたらどうする」
「あ!すみません!」
「へ?」
緑髪と隊長のやり取りが目の前で起きたが、全く意味がわからない。
「ディー、その、取り乱して悪かった。シェリーは生きている。隠れているため会えないが。・・・マーサは・・・すまない。守りきれなかった・・・」
「そうでしたか・・・」
俺は震えるお父様の肩を優しく撫でた。
「それで、何があったのです?避難区域が主都じゃなくてここだと聞きました」
お父様が落ち着いたタイミングをみて改めて現状を確認する。
フードを取ったお父様は少し伸びた黒い髪をかき上げた。
「・・・アペリティフでの戦闘には勝利したんだ。だが、主都の連中が降伏条件にアペリティフを差し出して・・・」
「そんな・・・」
イルミティア連合国の条約違反だ。
なんのために寄り集まって国として機能していると思っているんだ。
「主都は難民の受け入れも拒んだ。奴隷としてなら入れてくれるそうですよ」
はぁ、とエスロットがため息を付きながら、吐き捨てるように呟く。
「奴隷なんて冗談じゃない」
「そうだ。俺たちは誇り高いアペリティフの民だぞ」
ふざけるな!と憤る自警団。
・・・怖いから。
筋肉ムキムキのおっさんが魔力ギラギラさせながら怒ってるとか怖いから!
自警団のことなんて、3年半前は戦える農家くらいにしか思っていなかったが、今は完全に軍隊としてムキムキしていた。
「着いたー!ディー!いるー?」
とう!と勢いよくテントを捲ってテオドールが現れた。
よく来た!
テオドールに気を取られ、周りの怒気が四散した。
「よくここがわかったな」
「その首輪、位置がわかるからねー」
「「・・・首輪?」」
すぅ・・・と額に汗が浮かぶ。
振り向いちゃダメだ。
多分、さっき以上にギラギラムキムキした自警団が後ろにいる!!
「ディー、こいつは?」
「俺の友人です」
お父様、手に持ってる剣を下ろして聞いてくれるかな?
「とりあえず、それ外しますか?」
隊長、なんで大剣構えてるの?
それだと首ごと外れちゃうぞ?
俺の首には隷属の首輪がある。
主人に居場所を知らせるだけの拘束力のないマジックアイテムだ。
「あのですね、これはお守りみたいなものです。居場所が分かったり、チンピラに絡まれたりしなくなるんです」
「・・・そうか。・・・お前は知らない地で逞しくなったのだな」
お父様が優しく俺の頭を撫でる。
「そうですよ。もう裁縫箱だなんて言われても受け止めるくらいの心は育っています」
「さいほ・・・ディーの近況も聞かないとな・・・」
「それよりお父様たちがどうして役場で騒いでいたか教えてください」
主都に裏切られたなら、あまり良い状況じゃないはずだ。
「ああ、2年ほど前だったか。持ってきた資金が底をついてな・・・」
「しょうがないっすよ。難民になったアペリティフの村人たちの暮らしも支援したんですから。畑も捨てて来ましたし、みんな稼ぐ方法がなかったっす」
領地がなくなってもお父様は領主として領民を助けていたようだ。
「この田舎町では仕事はないから、知り合いの貴族の紹介で大陸を超えて出稼ぎすることにしたんだ。【ジェスカ・トリンガム】って聞いた事あるだろ」
「ないです。俺ずっとホール大陸にいたので」
誰だそれは。
「ホール大陸?なんでまたそんな所に」
「そりゃ探しても見つからないわけっすよー」
だよなーと笑い合っている。
みんな探してくれてたのか。
あの状況でいなくなった俺を・・・なんだか嬉しいな。
「そうか。ジェスカは西側の貴族議員の代表だ。主都が受け入れを拒否して以降、この人が難民対策として融資してくれているんだ。だが頼ってばかりなのもいけないから、ウォルトア大陸のダンジョンに潜って魔石収集をする仕事を請け負うことにしたんだ」
「ウォルトア大陸・・・ベニチェア王国の中級ダンジョンですか?」
「いや、ベニチェア王国の上級ダンジョンだ」
よかった。
トライドットの魔物を狩ってきたわけではなさそうだ。
「最初は順調だった。だがある程度魔石を手に入れたところで、ダンジョン入場料を払っていないと言われたんだ」
「そんなものがあるんですか?」
「僕たちが潜った時は何も無かったよねー」
中級ダンジョンに行った時はそんなこと言われなかった。
王族だからなかったのだろうか。
「それに、魔石を持ち出すなら税金を納めるよう言われたんだ。これがかなり高額でね。でもジェスカの話では既に納めてあると聞いていたんだが・・・」
「それって・・・」
「行き違いか、騙されたのか。どちらにしろ情けない話だ・・・」
お父様は項垂れている。
無理もない。
家族と土地を失い、国に裏切られ、孤独に闘ってきたんだろう。
「結局、入場料と税金は踏み倒してきた」
「・・・はい?」
「大陸の渡り料が安かったからみんなで戻ってこれたが、今手元にあるのは持ち帰った魔石だけだ」
え?持ち帰ってきちゃったの?
「あーそのせいでベニチェア王国から俺らの引渡し命令が出たそうで面倒事になってるっす」
それでフード被ってたのか。
「カタラーゼ国からの指名手配がまだ消えてないし、ウォルトア大陸にはしばらく行けませんね」
何年前の話だよなーとみんな笑っている。
・・・笑い事じゃねぇ。
過去になにしたの?!
「ディー顔色悪いよ?」
「パパさま、大丈夫?」
「「「パパさま?!!」」」
「・・・気にせず話を続けてください」
「いやそれより・・・」
「続けてください」
状況確認が終わらない・・・。
「魔石を売ろうにもどこも安く買い叩こうとしてきてな。何とか適正価格で買い取って欲しいと役場に行ったが、ダメだった。とりあえず獣狩りをして何とかしていたんだが、今日はそんな職はないと報酬すら払われなくなったんだ。おわり」
おわり。じゃねぇ。
もう近況報告は終わったと言わんばかりにヨルヨンを見ている。
どんだけ気になるんだよ。
「・・・状況は、わかりました」
状況だけな。
「それで、ディーは今までどうしてたんだ?その子は?」
そわそわとヨルヨンと俺を交互に見ている。
少し落ち着け。
「ウルミ山の絶壁から落ちて、気付いたらホール大陸にいました。ドルドーラの奴隷商で世話になって、少し前にこちらの方に買い取られました」
「初めまして。テオドールです!」
「初めまして。ヨルヨンです!」
ピラっとカーテシーをしてみせる。
偉いねー自己紹介できたねー。
「そうか。私はミハイル・アペリティフ。ヨルヨン、私のことはじーじでいいからね」
「ぶふっ」
「じーじ?」
こてんと首を傾げるヨルヨン。
可愛すぎか。
吹き出したテオドールに見向きもせず、よしよしとヨルヨンの頭を撫でている。
色々誤解がありそうだが、もう後で説明すればいいか。
・・・これからいくらでも時間はあるんだから。




