故郷アペリティフ
「落ちるぅ・・・もうダメェ・・・」
「情けない声を出すでない」
無理、落ちるってば!
ボーンドラゴンに掴まるのって筋力結構要るんだよ!
バッサバッサと羽ばたくこのボーンドラゴン、羽で飛んでいる訳では無い。
ボーンドラゴンごと俺たちを覆っている魔力があり、その魔力で飛んでいるようだ。
だからある程度揺れや風圧が抑えられている。
だが、それがどうした!
落ちる!助けて!
「さっさと往くか。テオ、アペリティフで良いのだな?」
「うん!お父様ありがとう!」
テオドールも反対の足にしがみついているが、なんでお前は余裕なの?
ベッドを動かす時も思ったが、こいつ筋力は結構あるよな。
突然空に魔法陣が浮かぶと周りの風景が変わった。
そのまま地面に音もなく着地する。
「助かった・・・」
ボテっと地面に倒れ込む。
あのまま飛び続けていたら間違いなく落ちていた。
「ではここに降ろしていく故、くれぐれも無理な旅をするでないぞ」
そういうとヨルヨンを下におろして、携帯食料を渡していた。
「中身はチョコ?」
「チョコもマシュマロも入っている」
「!、じっじ大好き!」
携帯食料の鞄を抱きしめてえへへと微笑んでいる。
魔王、孫の扱いに長けているな。
今回は完敗だが、俺だってそのくらい余裕でできちゃう大人になるんだからな・・・。
ふわっと転移陣が浮かび、ミルドレウスはボーンドラゴンごと消えてしまった。
倒れ込んだまま、草花をサラリと撫でる。
「帰ってきたんだな・・・」
豊かな自然、澄み切った小川、高い山々。
俺の故郷、アペリティフ領。
ドル爺から渡された報告書によると、隣国ベラルーラからの侵攻によって現在はベラルーラの領土となっているはずだ。
辺りを見回せば、大体の現在地はわかった。
毎日走り込んだあの道だ。
敵兵もいない。
不法入国だから手早く見に行って、誰にも見つからずに逃げないとな。
・・・立ち上がったが、足が動かなかった。
この先に・・・俺の屋敷が・・・。
「パパさま、手を繋ぐの・・・」
心配そうに差し出された手を握り返す。
ヨルヨンに気を使われてしまったようだ。
・・・大丈夫、俺は大人になったんだ。
「よし、僕も手をつないであげよう!」
ドヤっと手を差し出される。
・・・少し呆れた顔を向けてしまった。
こいつに気を使われるのも初めてだな。
「・・・そこの丘までだからな」
3人で手をつないで歩いた。
「・・・」
「ディー、この道って馬車通るの?」
「あぁ。・・・通る」
今はきっと、何も通らないだろうけど。
「パパさま、この道、でこぼこしてるね」
「・・・あぁ。そうだな」
もうどれくらい整備されていなんだろう。
元々土を慣らしただけの道が、雨水が溜まるくらい溝ができている。
「ディー!しっかり!気を確かに!」
「何の応援だ・・・」
「んー、ディーの手汗が凄いから大丈夫かなって」
「・・・」
バババッ・・・。
俺は両手を離して、上着で手汗を拭き取った。
「緊張してるなら話しながら歩くといいかもー」
「緊張なんて・・・」
「ヨルもお話聞きたい」
「・・・わかった」
ポツポツと思い出すように呟いていく。
「毎日、日が昇る前に起きて、この道で走り込みをしてたんだ。自警団のみんなも一緒に。でもみんな俺より体力あって、ここに着く頃には俺一人になってたな・・・俺、一人に・・・」
ひとりぼっちに・・・。
「パパさま、ヨルもいるよ」
ハッ!
いかんいかん、ネガティブに襲われてた。
どうもこの道を歩いてると、昔のネガティブな自分が蘇ってしまう。
「ここにある木を数えて、後どのくらいで家に着くか見て・・・あっ」
いつも目印にしていた巨木は、黒く焦げて無くなっていた。
手を繋いでいるのに、両手から温度が無くなっていくのがわかる。
「ディーっていつも困ったりすると黙るよねー」
「・・・いや、ちゃんと言ってるぞ」
「うーん・・・なんだろー。頭の中で解決しちゃってる感じかなー?」
「まぁ多少は頭の中で考えて留めてるな。感情のまま喋るのは大人っぽくないだろ」
一呼吸置くように頭の中で感情を整理する。
小さい頃から貴族として訓練してきた事だ。
感情のまま口にするのは大人じゃない、そして貴族として失格だ。
「言葉にしてみたら?グラ姉様も僕によく言ってたよ」
「グラ様が?」
「うん。怪我して帰ると、ちゃんと説明してって。わからないからって」
秘密のお茶会で聞いたやつか。
「・・・テオ。その怪我した理由って何?」
「えー・・・内緒だよ。昔オルソン助けた時にね、強くなる方法を教えてもらったんだ」
「へー」
「『我が身可愛さに訓練しているだけでは強くなれない。実戦で命を削ることでしか気付けないこともあるんだ。雑に扱われても芽が出る者だけが生き残れるんだ』って言われたんだ」
「なるほど」
それで訓練に身が入らず、怪我をして帰ったり、物の扱いが雑になったと・・・。
アホか!
あ、これ言葉にしないと伝わらないやつか!
なるほどね!
「アホか!グラ様がどんだけ心配したと思ってるんだ!」
「えー」
オルソン助けた時って、子供だったって言ってたな。
「いいか、オルソンが言いたかったのは怪我しろとか雑に扱えって事じゃない。当時何歳か知らないど、誤解してるぞ」
「え?そうなの?オルソンも怪我してたし、そういう意味かと・・・」
「普通は怪我しない」
子供からそんなマゾい訓練する奴いないだろ。
・・・いないはずだ。
「とりあえず、グラ様に心配かけてごめんって連絡入れろ」
「連絡、僕まだ使えないんだよー」
「大丈夫、使える。使えると思い込め」
思い込みは大事だ。
「そんなすぐに連絡しないとダメなのー?」
「いいか、ヨルヨンが突然服ビリビリのボロボロになって帰ってきたらどう思う?涙目で『なんでもないの』とか言われたら心配するだろ」
・・・あ、想像しただけで犯人殺したくなってきた。
世の中には「お嬢様を嫁にください!」じゃなくて、「お嬢様を嫁に出します!」って常識の通じない連中もいるからな。
気を付けないと。
「そっか・・・心配かけてたんだ・・・」
どうやら伝わったようだ。
元々ポンコツっぽい言動はあるけど、頭が悪いわけじゃ無さそうだしな。
テオドールの手にふわりと光が灯る。
「うーん・・・なんて送ろうか・・・」
「お礼言えばいいんじゃないか?今まで心配かけてごめん、ありがとう。もう自分を傷付けたりしないから。って」
「・・・照れるね!」
「だろうな!」
ふわっと光が地面に吸い込まれて行った。
「多分これで行けたと思う。返事が来たら成功かなー」
「よし、ひとつ問題が片付いたな・・・この調子で片付けよう。もう、すぐそこだ」
今度は俺が問題を片付ける番だ。
でこぼことした道を踏み固めるように前に出る。
ガクガクと膝が震えるのは、疲れからだけじゃない。
「パパさま・・・」
「大丈夫。全部見るまでは・・・全部自分で見て、全部確認してからじゃないと絶望できない!」
顔を上げ、前を見る。
「この、丘を、登れば・・・」
はぁはぁと坂を駆け上がった。
丘から見渡した先には・・・。
掘り返したようにえぐれた大地。
黒く煤けた草木。
俺は目を見開いて固まってしまった。
そこにあったはずの屋敷も、自警団の宿舎も・・・何もなくなっていた。
「・・・そうだな。そうなるよな・・・」
現代の戦争は町を消し去ってしまうほどだと聞いていたが、ここまで破壊されてしまうのか。
子供じみていた淡い期待が粉々に砕けた気分だ。
・・・なぜ今、冬ではないんだろう。
雪が降れば、全部覆い隠してくれていただろうに・・・。
両手を強く握られる。
ヨルヨンが顔を覗き込んできた。
・・・そうだ。
全部、ちゃんと見ないとな・・・。
「大丈夫だよ。わかっていたことだ・・・」
現実を受け止めないと・・・。
震える手を握り締め、3人で歩き出した。
歩いて・・・屋敷のあった土地に着いた。
そこだけ周りと違い、巨大なクレーターができていた。
執拗に砲撃されたことがわかる。
クレーターだけでなく、地面が紫色になっていた。
ピコーン!『広範囲即効性毒素を無効化しました』
毒無効の指輪が反応する。
「ここまで徹底してやるのか・・・」
「うん・・・ドット兄様が撃たれた時思ったけど、人間って時々怖いよね・・・」
壊すだけでなく、毒まで撒いて徹底的に・・・。
もう、誰もいない・・・。
「目的は果たしたな・・・帰るか。そうだ、スタータの町に行くか。きっと奴隷商のみんなもお裾分けをまってるだろうし」
「え?この国の主都に行ってみようよ。避難区域があるんでしょ?」
・・・そうだった。
俺が向かうはずだった地域。
これ以上淡い期待を抱いていいのかわからないが、確認しないで帰る訳にはいかない。
ニョキッ!
テオドールの足元に白い大輪の花が咲いた。
「あ!グラ姉様から連絡きたよ!」
「さっきの成功したのか。よかったな」
プチンと摘み取ると、顔を近づける。
ノームの末裔だけが読み取れる連絡法。
その姿はやっぱり貴族っぽい。
いや、実際には王族か。
「・・・なんか色々噛み殺してるけど、ディーによくお礼を言っておいてだってー」
「そりゃ長年の悩みが解決したんだ。そうなるって」
「あとホール大陸の初級ダンジョンと上級ダンジョンはグラ姉様がしばらく見ててくれるみたい。ピザ窯で色々料理してるから、ゆっくり家族探しておいでだってー」
インテグラも妹を探すって知ってたからな。
気を使ってくれているんだろう。
「・・・グラ様に甘えて、しばらくアーステア大陸を見て回るか」
「・・・あ、テオ。その花貰っていいか?」
「いいよー。どうするの?」
白い花をそっと家の前に置く。
「・・・こんな毒の沼で花も咲かない土地では眠れないでしょう・・・いつか、毒を浄化してこの土地に緑を取り戻します。どうか、安らかに・・・」
跪いて祈りを捧げる。
「パパさま、お祈りヨルもやる!」
隣でヨルヨンがしゃがんでお祈りをしている。
一生懸命祈る姿は、俺なら悔いなく成仏できる尊さがある。
「えーまだ死んだって決まったわけじゃないのにお供えするのー?」
「もうベラルーラの土地なんだ。そう何度も来れないかもしれないからな」
もしかしたら、ここに眠っている誰かがいるかもしれない。
そう思うと、何もせず立ち去ることができなかった。
「もー全部自分で見て、全部確認してからじゃないと絶望できないんでしょ?僕はディーを憐れに思わないからね」
まさか励まされるとは思ってもみなかった。
「・・・ふぅ、テオが人生の先輩だって今思い出したよ」
「ふふん!頼ってくれていいんだからね」
俺の嫌味は軽く笑い飛ばされてしまった。




