牢獄の中で
「・・・ムズムズする」
スプレーが乾いて横になってみたが、退治しきれていない気がする。
やっぱりシートタイプでごっそり取ってゴミ箱に捨てるのがベストか・・・。
横になるのを諦め、脱出の際に髪を隠すフードを縫った。
テオドールはオルソンがくれたフードがあったから、ヨルヨンとトライドット、俺の分のフードを作る。
俺はスキルキャンセルのハンカチを鞄に仕舞い、布を取り出した。
黒く、光沢のない布。
俺は必要な分だけ切り取ると、ダニ退治のスプレーを振りかけた。
奴らを新天地には行かせない。
明かりの少ない牢獄で縫い物はかなり危険だ。
爪の間に針を刺すセルフ拷問なんて絶対しないぞ。
慎重に・・・。
・・・あれ。
目を瞑ったままでも縫えるんじゃないかってくらい手元がわかる。
もしかして、戦闘を経験してスキルがレベルアップしたのか?
『裁縫が得意』から『見なくても縫える』になった感じだ。
勘と経験で縫い上げるなんて、職人のようだ。
これがあればヨルヨンの服を縫いながら移動することもできるだろう。
・・・うん、使えないな。
トライドットがメルリオーネに話を聞きに出ていってしまった今、必要なのは戦闘スキルだ。
またメイド軍団に襲われたら・・・。
ーーカツン、カツンと階段を降りる音がする。
誰か来た!
俺はウルフキラーを構えた。
さすがに針や布切りハサミでは太刀打ちできない。
アイロンのがウルフキラーより強いか?
いやダメだ、温まるのに時間が・・・。
「ディートハルト様、夕食をお持ちしました」
ひょこっと兵士が顔を覗かせた。
そこにいたのはベーグルの兄貴だ。
「あ。安心してください。私はメルリオーネ様の部下でもあるんです」
怖くないですよーとウルフキラーを構えて部屋の角っこに陣取っている俺に優しく話しかけた。
「よかった。メイド軍団かとヒヤヒヤしたよ」
「ディートハルト様はメルリオーネ様に尋問されて起き上がれない。ということになっているので、誰も来ませんよ」
あははと軽く言うが、何それ怖い。
「ただ、夕食を準備していては怪しまれるため、簡単なものになってしまいました」
申し訳なさそうに鞄から包みを取り出す。
「ブルスケッタです。トライドット様からお酒が好きだと伺ったので、白ワインも用意しました。朝イチで逃げるので飲みすぎちゃダメですよ」
おつまみとワイン持ってきてくれたイカした兄貴!
こんな素敵な兵士に出会えるなんて、牢獄に来たかいがあったわ。
ブルスケッタは前菜や酒のつまみとして出されることが多い。
薄切りにされたバゲットと、2種類の具材が机に出された。
ブルスケッタはバゲットのサクサク感が損なわれないよう食べる直前に乗せる。
ひとつはトマトとバジルを混ぜたブルスケッタ。
瑞々しいトマトをザク切りにして、生バジルとオリーブオイルを混ぜ、塩コショウで味を整えれば完成だ。
食べるまで冷やしておくとさらに美味しくなる。
ぱくっと半分くらい噛じる。
生バジルの刺激がトマトの酸味と甘味を引き立てていて、かなり美味い。
バゲットはガーリックが香っていて、簡単なものを準備したと言う割に手間がかかっていた。
もうひとつはゴルゴンゾーラチーズと蜂蜜のブルスケッタ。
ゴルゴンゾーラと蜂蜜は昔から黄金の組み合わせとして知られている。
こちらのバゲットはそのままカリッと表面を焼いただけのようだ。
チーズの滑らかな旨みと塩気を蜂蜜の甘みがマイルドにしていてクセになる。
きっと生ハムを足しても美味しいはずだ。
そして白ワイン。
ゴルゴンゾーラチーズと蜂蜜のねっとり甘い組み合わせに負けないスッキリ辛口だ。
ぶどうジュースをワインに変える時、完全に発酵させることで辛口ワインとなる。
甘口はその発酵を途中で止めたワインで、ぶどうジュースと割ったような、甘みが残った感じだ。
白ワインは赤ワインとは使っているぶどうの品種や製法が違う。
白ワイン用の緑や黄色がかったぶどうを使うから、黄金色の白ワインができるんだ。
赤ワインが皮も種も丸ごと使ってワインにするのに対し、白ワインは果肉を絞ったジュースをワインにする。
だから渋みの元となるタンニンやポリフェノールが白ワインにはないんだ。
ちなみにワイン用のぶどうは、食用のぶどうとも異なる。
しかし、近年では食用ぶどうからもワインを作る上級者も現れている。
きっとノルトラインのぶどう畑には赤白、食用も色々あるんだろうな。
ちらっとワインのラベルを見る。
『マウント・ペアーのぶどう畑からすっきり辛口の白ワインができました!』
「マウント・ペアーってどこの山だ?」
「この大陸の内陸に山に囲まれた見渡す限りのぶどう畑のことを言うそうですよ。見たことはありませんが毎年ワインが出荷されてきて、近年益々美味しくなってるんです」
ペアーって梨だろ。
ぶどう畑なのにペアー・・・まぁいいか。
美味しいワインのできるぶどう畑か、いつか見てみたいな。
「兄貴、メルリオーネはこの国の御意見番だそうだな。エルフはこの国では珍しくないのか?」
アーステア大陸にはエルフもドワーフもいない。
「珍しいですよ。でも前に出る性格のようなので御意見番を務めていますね。奴隷商の仕事も幅広くやっているので、みんな尊敬しているんですよ」
「そうなのか」
それだけ聞くと面倒見のいい姉御肌のように聞こえるな。
でもさっきの話を覚えているか?
尋問して起き上がれないって話が通るんだぞ?
兄貴、洗脳スキルでも使われてるんじゃないか?
「勇者アリスがエルフだったんじゃないかって話もあるんです。だからこの国でエルフは大事にされているんですよ。それに隠れ里に近寄ると呪いを受けるとも言われていますし」
話の前半と後半が噛み合わない!
大事にされてるって言うより恐れられてないか?
「勇者ってエルフだったのか?」
「何でもケープ付きの帽子を常に被っていたとか。メラニア大陸ではその帽子を被る伝統すら生まれたそうですよ」
「へーすごいな」
どんな帽子だろ?
「そういえばアナリーゼがキレていましたよ。何をしたんですか?」
「こっちが聞きたいよ。俺が何をしたっていうんだ」
「きっかけはわかりませんが、思い通りに行かなかったんじゃないですかね」
その程度で殺されてたまるか!
「なんであんな奴が城ででかい顔してるんだ?」
「この国の外交責任者なんですよ。今回の姫の婚姻と平和条約を結んだのもアナリーゼなんです」
なるほど。
ザ・無能だな。
なに自分より年下の姫さまを犠牲にした条約結んでんだよ。
それにテオドールを婿にしてヨルヨンを嫁に出す計画にも噛んでるらしいし・・・ろくな奴じゃない。
「あんなのでも外交官になれるんだな」
「血筋ですよ。王族の血を引いた由緒正しい家柄だったのです。でも髪の色が薄いのと、スキルが勇者アリスと異なるため王位継承権を外されています」
女王と姫さま、それにテオドールは同じ濃い色の金髪だ。
生まれ持ったもので判断されてグレちゃったか?
でも人を殺そうとしたり、他人を犠牲にするようなやつに同情はできないな。
「兄貴もこの国から逃げた方がいいだろ」
国の要職に着いている人間がその程度では、国力は知れている。
今は影響はなくても、いずれボロが出るはず。
ここにいては無事で済まなくなるかもしれない。
「私はこの国の兵士です。この国の剣となり盾となる、そう誓ったんです」
自信満々に答える兄貴。
懐かしい誓いの言葉・・・。
いつも自警団が・・・そして俺が口にしていた言葉。
「・・・アーステアの言葉だな」
「ええ。200年前、魔王討伐に勇者が旅立った時、私の先祖は国を守る兵士として国に召し抱えられたそうです。・・・城に魔王が現れて戦死したそうですが」
言葉の通り、立派に剣となり盾となったのだろう。
逃がされた俺と違って・・・。
「・・・立派な方だったんだな」
「あはは、そうですね」
照れくさそうにガシガシと深緑色の髪をかいた。
「俺これでもアーステアのイルミティア連合国の貴族だから。兄貴が困ってたら助けてみせるよ。・・・いつか」
「ふふ、楽しみにしています」
信じてないな。
俺はアペリティフ領の貴族で、魔王ドゥールバルト様なんだからな。
俺はグラスに残った白ワインを一気に流し込んだ。
「ディー!よかったー生きてるー」
「パパさま!怪我してない?」
どのくらい経ったかわからないが、テオドールとヨルヨン、トライドットが牢獄に現れた。
「メルリオーネに瓶詰めにされたって聞いた時は驚いたよー」
なにそれ?!
聞いた事のない拷問?!
「遊んでないでさっさと出んか」
気付けばメルリオーネもフードを被って立っていた。
ガシャンと鍵が開く。
「そうだ、ヨルヨン、ドット、これ付けていけ」
縫い上げたフードを渡す。
「あれ?僕の分は?」
「オルソンから貰ったのがあるだろ」
そうだった!と手を前に出す。
ポン!
鉱石を作った時と同じように、フードか出てきた。
グイグイと頭から被り、目立つ三つ編みを隠した。
「テオの持ってる不思議な鞄ってどこに装備してるんだ?」
「僕もわかんないんだよねー」
はぁ?
トライドットを見るが、すっと目線を逸らされた。
・・・なるほど。
過保護な魔王が持たせたな。




