見えない攻撃
「全く・・・無茶をするのですから・・・」
ヒソヒソとトライドットが俺に耳打ちする。
昼食に呼ばれ、俺たちは食堂へ向かって歩いている。
先頭に道案内のメイドが歩くが、広い廊下には俺たちしかいないようだ。
「いやすまん。結婚してないの?って女性に聞くのは自殺行為だったな」
「・・・そういった意味でしたか」
「え?」
「いえ、その、テオとお揃いの指輪という意味かと・・・」
「違うぞ」
あんな狩人たちの獲物、誰が横取りするか!
「パパさまは、おかあさまですか?」
「ちが「おかあさま?!」
後ろから声が上がる。
いたのかメイド軍団!
メイドたちがヒソヒソと囁き合いながら廊下の曲がり角に消えていく。
あぁなるほど、言い訳すらさせてくれないわけねー。
・・・そろそろ開放してほしいな。
オルソンならすぐに逃がしてくれるのに・・・。
まだまだメンタルが傷つきそうな予感に耐え、少しくすんだ窓から遠くを眺めた。
昼食に出されたのは、アモーレ海老のトマトクリームのパスタ。
殻ごと真っ二つにされた真っ赤なアモーレ海老が乗っている。
・・・先程の嫌味が続いているのか?
これがエビ色ですよ!貴方も真っ二つですわ!おほほ!ってか。
・・・ダメだ!ネガティブになってる!
パスタに罪はない。
美味しく頂こう。
もっちりとしたフェットチーネをクルクルとフォークに巻く。
フェットチーネは平たいパスタで、もちもちした食感とソースによく絡むことで人気がある。
海老のエキスが存分に引き出されたソースは、トマトの酸味とクリームの滑らかな甘味が合わさって美味しい。
これ、アメリケーヌ・ソースだな。
海老の殻を香味野菜と炒めたあと煮詰めることで、甲殻類特有のコクと旨みが出るんだ。
ただのトマトクリームソースのパスタに海老乗せただけのパスタじゃない。
ちゃんと歓迎されているようだ。
パスタを食べ終え、水を口にする。
ピコーン!『遅効性毒薬を無効化しました』
「・・・ん?」
今なにか・・・。
何か、とても見たくないものが頭の中に・・・。
・・・ゴクリ。
ピコーン!『遅効性毒薬を無効化しました』
・・・毒無効の指輪してて良かった!
「・・・ドット、こ「お水が温くなってしまわれましたね。新しいものに交換致します」
メイドがびっくりするくらい綺麗な笑顔で、俺のグラスを交換する。
証拠持ってかれちゃった・・・。
「こんな所で何をしておる」
「メル!」
昼食を食べ終えると、フードを被った女の人が現れた。
チラッとフードの中を覗く。
・・・かなり美人、しかもグラマラス。
「知り合いか?」
「ええ。先程連絡した相手です」
あの運任せのSOSか。
ちゃんと来てくれるものなんだな。
「少し話をしてから戻ります」
トライドットがメルと呼ばれた女性と歩いていってしまった。
俺たちは先に部屋に戻ることにした・・・が、
・・・トイレ行きたい。
割り当てられた部屋にトイレが無かったんだ。
まぁ宿屋じゃないからなくて当然だよな。
・・・もしかしてこれも嫌がらせだったか?
「テオ、トイレ行かないか?」
「行こっかー。ヨルヨンもいこー」
「はい。おとうさま」
この年で連れションするとは思わなかったよ。
ちょっと恥ずかしいけど、命には変えられない。
念の為スキルキャンセルのハンカチを噛みながら済ませる。
これもスキル食らったらピコーン!って鳴るのかな。
「お待たせーって、それなんだ?」
廊下で待っていたテオドールの手に、見慣れた付録付きの雑誌がある。
「テオドール様にピッタリの服飾カタログですわ!だってー」
あぁ・・・世の中にはこんな素晴らしい技術持ちがいるのです!
だからあんな無能は捨てましょう!ってことか。
どこまでも徹底してるね。
涙が出そうだよ・・・。
「ちょっと見せてくれ」
【夏のオシャレ水着!クロシェビキニ特集。水辺のドレスをセクシーに着こなそう!最新トレンドの体型カバービキニ(Mサイズ)同封】
・・・ピラッ
スタイルの良いお姉さんたちがポーズを決めている。
クロシェビキニには小さい胸も大きく見せたり、腰のくびれを目立たなくさせる効果もあるらしい。
ヨルヨンが着れないMサイズ・・・。
体型カバー・・・。
わかった。
俺宛だ!これ!
誰がやったかもわかるぞ!
あのヒソヒソ廊下で消えたメイドだろ!
俺は女じゃねぇ!
「はぁー・・・で、もう1つは?」
【立体感と透け感がポイント!エンブロイダリーの真骨頂!アクセサリーにも使えるオーガンジー刺繍!すぐに始められる完全版!】
刺繍スキルの上級者向けか。
そういえばヨルヨンのワンピースに刺繍入れ忘れてたからな。
できないとでも思われたんだろ。
残念だったな!
というか、オーガンジーってなんだ?
俺はピラッとページを捲る。
「あ!これ、フランシスの帽子に付いてた装飾じゃないか!」
薄い布にビーズなどを付けた豪華な刺繍飾り。
こんな所で見つけられるとは!
「あの羽飾りを俺も作りたかったんだ」
「おー!よかったね」
「パパさま、かわいいの作れる?」
「作れるぞ。ヨルヨンにお花のオーガンジー刺繍作ってあげるからね」
俺は鞄の中にスキルアップの書をしまい込んだ。
・・・廊下の角に殺気を飛ばしてくるメイドがいる・・・無視だ無視。
部屋に戻るが、まだトライドットは戻っていないようだ。
「あれ?ドット兄様まだ戻ってないねー」
「まだ話し込んでるんだろ・・・ん?廊下から声がするな」
部屋から出て、ひょいっと廊下の曲がり角から顔を出した。
「あ!ディー君!」
メイドに囲まれたトライドットが縋るようにこっちを見ている。
ちょ・・・こっち来んな!
メイド引き連れてる!
トレインしてるから!
Mメイドに
Pプチッと
K殺されるからぁぁぁ!
ピコーン!ピコーン!
「助かったよ。1人で戻れると部屋を出たらあの様で・・・」
ピコーン!ピコーン!
「・・・どういたしまして」
脳内にピコピコとアラームが響いている。
きっと後ろを付いて歩いてくるメイド軍団が見えない攻撃をしてるのだろう。
さっきトイレで使ったスキルキャンセルのハンカチを握りしめててよかった・・・。
「俺、スキルキャンセル手放せないな・・・」
「・・・すみません。気付きませんでした」
俺もあれがナンパじゃなくて、ハンティングだったとは気付かなかったよ。
「まぁいいよ。これ買ってくれたのドットだしな」
「でもスキルキャンセルは便利ですが、消すことができるのは本人が使用するスキルだけです。銃や爆弾で、金属片に勢いを付けて飛ばされると食らってしまいます。注意してくださいね」
ヒソヒソと注意事項を教えてくれた。
そんな状況にはなりたくないね。
部屋に戻り、4人で机を囲む。
「先程メルリオーネにこちらの状況について情報交換してきました」
「メルリオーネ・・・あ。フランシスがいた奴隷商か」
「ええ。奴隷商もしていますが、この国のご意見番でもあるんです」
胸元デラックスなご意見番か。
素晴らしいね。
「まず宝玉の姫について間違った言い伝えがされている件ですが・・・200年前の事件の際、王の死により血族の中から次の王が選ばれました。しかし、親戚ともなると国家の中枢で行われていたことなど知らなかったようです。そのため宝玉の姫については・・・国家の汚点を恐れた王と重鎮たちの手で歴史書の改ざんが行われたそうです」
「200年前の事件ってなんだ?」
「・・・宝玉の姫たちが、魔王によって殺されたことです」
「なっ?!・・・ミルドレウスが、か?」
「違います!」
ガタンと片手を机に付いた。
「・・・すみません」
「いや、俺も悪かった・・・英雄伝では魔王はミルドレウスになっているから・・・」
ミルドレウス以外に魔王がいたのか?
「すみません・・・これを教える訳には・・・1人前のノームの末裔だけに教えられることなのです」
「ドット兄様、僕も教えられてないよ?」
・・・ちゃんと聞いてたか?
『1人前の』ノームの末裔だぞ?
「・・・本当の意味で歴史を歪めているのは私たちですね」
トライドットが手を握り締めている。
「まぁ・・・色々あるんだろ」
トライドットは考えを振り切るように、ふるふると首を横に振った。
「話を続けます。近年、隣の国との戦争は激化。国王も戦争のさなか命を落としました。残された奥方が女王となりましたが、子供は姫1人だけ。これを隣国は妻に寄越せ、と。そして、この国は平和条約締結のためにこれを受託しました」
「まさか・・・負けたのか、この国は。こんなに平和なのに」
アモーレの町からここまで、戦争の痕なんてなかった。
「敗戦を市民へ伝えぬこと。それが密約だそうです」
「・・・ばかだな」
どうやったっていつかは誰かの耳に入る。
国の未来を女の子1人に任せて、敵国に嫁がせたなんて知れたらどうなるのか・・・。
「現在テオの王族復帰の手続きをするための会議が開かれているそうです。この国の王位継承権を有するのはこの女の子と、従兄弟の少年、それにテオだけだそうです」
テオドールはノームの末裔だ。
人間の王位なんて継げるわけないだろう。
姫が居なくなれば、継承権はその少年だけになるのに、ここの連中は選択肢が増えたとでも勘違いしたのか?
「ノームの末裔だってわからないものなんだな」
まぁわかってもサイコ騎士みたいに襲ってくるだろうけど。
「昔は魔力が高い者が多く、そういった方は体内の魔石を感知できたそうです。今は各国に数人居るかどうかなので、余程のことがない限り見分けられませんよ」
チラッとテオドールを見る。
・・・目線逸らしやがった。
「まぁこの国が切羽詰まってるのはわかった。って事は、下手に逃げれば戦闘になりかねないな」
ナンパがハンティングになるくらいだ。
本物のハンティングがどんなものかなんて想像もしたくない。
「戦闘になれば私たちも戦わないといけませんね」
「ヨルがんばる!」
ヨルヨンはがんばらなくていいぞー。
俺はヨルヨンの頭を撫でた。
「でもドット兄様、お父様もグラ姉様も人に向けて力を使ってはならないって言ってましたよ」
「テオ、何言ってるんだ。向こうが仕掛けてくるからやり返す。いや、やられる前にやり返すんだ!そうすれば被害が少なくて済む」
痛い思いをするまで様子を見なきゃダメなんて、何の罰ゲームだよ。
「それもう反撃じゃなくて攻撃ですね。でもヨルヨンやディー君が死んでからでは遅いのです。わかりますね、テオ」
そうだ。
死ぬ可能性がある。
本物の戦闘スキルとの争い・・・。
「・・・さっさと逃げるか」
逃げるが勝ちだ。
揉め事なんて関わってるほど暇ではない。
「そうですね。明日中級ダンジョンに行って、行方不明にでもなりましょう」
随分不穏な逃亡劇だが、悲しむ人がいないからそれでいいだろう。
夕食後、俺たち4人はテオドールの部屋に纏まって寝ることにした。
トイレすらない部屋に未練はない。
テオドールにベッドを運んでもらい、寝る支度をした。
「すまない。狭くないか?」
トライドットもテオドールの隣で寝ている。
「キングサイズのベッド2つ分だからな。余裕だろ」
「おやすみなさい!」
「「「おやすみー」」」
ヨルヨンがすやすやと寝息を立てている。
トライドットの部屋に裸の美女が乗り込んできたって笑えない事件がなければ俺たちも穏やかに眠れるんだけどな・・・。
明日は絶対にここを出よう。




