列車旅
「背が高くなったみたいです!」
「よく似合ってるよ。ほら、前見て歩いて」
サイドゴアブーツを履いてヨルヨンがご機嫌に歩いている。
踵が少し上がってるために数センチ背が高くなった気分なんだろう。
買い物を終え、商業ギルド内のレストランでランチだ。
今日のメニューはオムライス。
ラグビーボールみたいな形ではなく、ドレス・ド・オムライスだ。
ふわふわの半熟卵を緩やかにドレープしてチキンライスに乗せている。
ドレープとは衣服をゆったり優雅に纏っている様子で、自然にできた布のたるみがエレガントなドレスに合うんだ。
今度ヨルヨンにこういうドレスを作ろう。
そう思いながらオムライスを口に運んでいった。
「ふわふわでおいしいです」
「よかったー。あ、ヨルヨン口に付いてるよ」
ヨルヨンの口の端にデミグラスソースが付いている。
すかさずテオドールがナプキンで拭い取る。
「よし、取れた」
「ふふ、テオはお父様みたいですね」
トライドットが目を細めて笑っている。
「おとうさまは、おとうさまですよ?」
「そうだね。でもテオが生まれた頃は、ほんとに手がかかって・・・」
「ドット兄様!その話はやめてー!」
テオドールがワタワタと焦りだした。
そういえばドワーフのダンカンの所でも「裸で現れた」とか言われてたな。
各地にこいつの黒歴史が色々あるのだろう。
ヨルヨンに聞かれないように頑張ることだな。
オムライスを食べ終え、紅茶を飲む。
「あ、そうだ。買ったのに使ってなかったね。ヨルヨン、鞄から毒無効の指輪を出せるかな」
「はい!・・・ありました!」
ヨルヨンはラッピングされた小さな箱を取り出した。
「それぞれ付けてください。これから向かうベニチェア王国はあまり安全とは言えないので」
「戦争中なのか?」
「それもあります。あとは・・・男手が少ないので言い寄られたりもしますね」
「逆ナン最高だろ」
「・・・薬を使う者や洗脳スキルを使う者もいます」
うわぁ・・・何それ怖い・・・。
どうやらベニチェア王国には未体験の恐怖が待っているようだ。
「なので指輪は常に付けていてください。あとスキルキャンセルをハンカチにしたのは、その腕輪を隠すためもあります」
インテグラにもらった空間作成付与の腕輪。
確かに国宝級だからな。
いくら俺専用とはいえ、それを確認される前に奪われることもあるかもしれない。
「ベニチェア王国には国境ゲートがあります。名前、スキル、持ち込むマジックアイテムが表示されるので、通る前に腕輪をハンカチに包んで鞄に入れて隠してください」
「隠せるものなのか」
「ええ。包み込んでしまえば。スキルキャンセルというのは本人がスキルを使う際に作動するものですからね。付与そのものは消えないので安心してください」
さらっと密輸のやり方を教えられてしまった。
まぁ問題が回避できるならそれに越したことはない。
「おー、なんか不思議だよな」
ハンカチを握りしめると糸作成が発動しない。
「あーほら、前に牢屋に入れられた時、スキルは使えないけど、鞄はそのままだったでしょ?そんな感じー」
「・・・テオ、牢屋とはどういうことです?」
トライドットの声が低い・・・。
「・・・なんでもないよー」
定期的に捕まってましたなんて言えないよな。
「全く・・・無茶はしないでくださいね。これからはヨルヨンも守りながら旅をすることになるのですから」
「・・・はい」
そうだ、俺もヨルヨンを守れるよう頑張らねば。
昼食を終えるとルーイたちを走らせ、駅へと向かう。
徐々にアーチ状の屋根のついた、巨大な駅が見えてくる。
3階建てのガラス張り建築。
「すごい迫力だな」
「大陸を横断するんです。商業ギルドの財力と技術を見せつけるため・・・いわば、象徴なのだそうです」
世界各地にこんなもの作ってるのか。
さすが国を作ってしまうほどの組織なだけはある。
駅の隅で隠れてルーイたちを入れることにした。
「・・・」
すぅ・・・パチン!
ふわっと影ができ、ルーイたちがトコトコと入っていく。
よし!かっこよくできた!
「パパさまどうしたの?」
「あれはねーかっこいいポーズってやつだよー」
こら解説すんじゃねぇ!
駅に入ると空中に渡り廊下が浮いている。
思わず足を止めて見上げてしまった俺とヨルヨンと違い、2人とも迷うことなく上級貴族御用達車両へと進んでいく。
お金があるって素晴らしいね。
車両に乗り込み、豪華な絨毯の廊下を進んだ。
「おー部屋みたいだな」
扉を開けるとソファーとベッドも付いた個室だった。
天井にははめ込み式のライトがあり、スッキリとした天井の高い印象になっている。
昔、イルミティア連合国の列車に乗った時は長椅子が置いてあるだけの簡素な車両しかなかった。
これが格差か・・・。
「ほらヨルヨン。ここから外が見えるよ」
「ほんとだ!遠くまで見えます!」
窓を覗き込むテオドールとヨルヨン。
俺は朝早かったから真っ白なベッドに向かう。
二度寝しよう・・・。
「おとーさま、はやいです!」
外の風景が次々と進んでいく。
トントンとノックの音がする。
「どうぞー」
「失礼いたします、飲み物をお持ちしました」
その声に俺はすぃっと起き上がった。
丸眼鏡をかけた女性が持ってきたカートを見る。
さすが高級列車。
やはり酒まで準備していたか。
ラインナップの充実ぶりに驚いていたが、その真ん中を陣取っているシンプルな緑のガラス瓶を見つけた。
「これはウィスキーか・・・プロヴィンス・ホワイトだと!」
「左様にございます。わたくし共で準備させていただいたのはさわやかな果実を思わせる12年物、深い蜂蜜のような芳醇な甘みの18年物、そして、最高峰の25年物を取り揃えてございます」
ドヤっと一気に説明された。
でもわかる。
それくらい魅力的だよな!
「では25年物を3人分。それとこの子にジュースを」
値段とにらめっこを始める前にトライドットがすっと金貨をテーブルに置いた。
チラッと丸眼鏡が俺に目線を送る。
その目は「こんなに揃っているのに伝わってないの」と訴えている。
・・・わかったよ。
「ドット、せっかくだから縦飲みをしないか?」
「縦飲み?」
「同じ銘柄、違う年数のウィスキーを飲み比べしながら楽しむ飲み方だ」
「あーノル兄様とワイン飲んだ時も3種類あったねー」
あれは違う種類だから縦飲みじゃないけどな。
「では12年物と18年物、25年物を3人分」
笑顔で追加するトライドット。
お金があるって素晴らしいね。
「飲み方はどうされますか?」
丸眼鏡は俺の方をチラチラ見ている。
任せとけ!
「トワイスアップできるよう水を置いてくれ。グラスはテイスティンググラスを。それと12年物は2つ。1つはハイボールが作れるように」
「僕もそれ」
「では私も」
トワイスアップとはテイスティンググラスにウィスキーに常温の軟水を1:1の割合で足すのだ。
ロックの方が大人の男っぽいが、こればかりは置いておこう。
氷で冷やしてしまうと、せっかくの香りが閉じてしまうんだ。
だって滅多に飲めない最高峰の25年物だぞ!
香りを最大限に引き出して美味しく飲まなきゃ!
丸眼鏡を見るとよくやったと言わんばかりに眼鏡を光らせている。
こいつ絶対飲み助だろ。
目の前に3つテイスティンググラスに入ったウィスキーがある。
左から12年物、18年物、25年物だ。
「色が全然違うねー」
右に行くほど琥珀色が強くなっている。
「まずそのまま口にしてみたらどうだ?」
「そうだねー・・・おお、凄い香り」
アルコール度数40もあるからすぐ蒸発してぶわっと香りが広がる。
「・・・んー濃い」
「飲みなれてないとピート香と樽の匂いでどれを味わっていいか分からなくなるくらい刺激が強いからな」
ピートというのは泥炭で、麦を乾燥させるときに使う。
その煙っぽい匂いがウィスキーの特徴なのだ。
テオドールは黒ビールは普通に飲んでて、ワインも飲めてたよな。
アルコール度数がビールが4%、ワインが12%くらいか。
ウィスキーはアルコール度数が高い。
それを緩和し飲みやすくするだけでなく、秘めた香りまで引き出すのがトワイスアップだ。
軟水を1:1の割合で入れる。
「あ、飲みやすくなった!」
「ブレンダーもこうして飲むことでウィスキーの良さを再確認して最高峰のウィスキーを作っているんだよ」
うんうん、と丸眼鏡がカートの横に立ちながら静かにドヤっている。
自分のお勧めが美味しく飲まれていたら嬉しいもんな。
「うんちくを聞きながらだとウィスキーはさらに美味しくしなるんだが、それよりいい物がある」
俺はノルトラインからもらったチョコレートを開ける。
「ウィスキーにはチョコレートが合うんだ」
チョコの苦みがウィスキーの甘みをさらに引き立てるのだ!
18年物をトワイスアップして口に含む。
「・・・全然違う」
フルーティーでスッキリとした味わいの12年物に比べると、芳醇でふくよかな味わいになっていた。
蜂蜜のようだと言われるほどの味わいと、豊かに続く香りの余韻。
素晴らしいな。
そして
「これが最高峰の25年物・・・」
舌に乗せると溶け込んでいた燻したてのピート香がぶわっと広がる。
まるでジャムのように濃厚な甘味をゆっくり舌で転がすように楽しんだ。
飲み込むと喉から腹に向かってじんわりと熱が伝わっていく。
「・・・25年物やばい」
全方位にゲージが振り切ってる感じだ。
「おー・・・すごいとしか言えないねー」
テオドールも楽しんでいるようだ。
熟した果実のような甘味を含む長い余韻。
縦飲みじゃないと楽しめないこの贅沢な飲み比べを楽しんだ。
「最後はこれ、ハイボールだ!」
余韻に浸るのもいいが、さっぱりさせるのも良い!
タンブラーグラスに大きめの氷を入れれるだけ入れる。
ごついグラスよりタンブラーのほうが口に当たるガラスが薄くて、ハイボールの口当たりが良いのだ。
「こんなに入れるの?」
「うむ。そしてウィスキーを入れてかき混ぜると氷が減るから、さらに追加する」
シャカシャカとマドラーでかき混ぜ、氷を縁までみっちり入れ直したら、サイダーを入れる。
もちろんハイボール用の無糖だ。
サイダーを入れたら一度かき混ぜる。
ここはかき混ぜすぎると炭酸が抜けるからかき混ぜすぎてはいけない。
「そしてこれだ!ミント!」
パンっとミントを手で叩き、そっとハイボールに添える。
こうするとミントの香りが出やすくなるのだ。
「爽やかー!」
「こうやって自分で作るのも良いですね」
トライドットも満足そうに飲んでいる。
テイスティンググラスを片付け、丸眼鏡は俺にサムズアップして帰っていった。
到着は明後日。
ほろ酔いのまま、俺たちは旅を楽しんだ。




