ニットとクロシェ
「とりあえず夕食まで僕の部屋に行こっか」
その部屋の扉を開けると、星空の世界が広がっていた。
「外?もう夜だったか?」
「違うよー。ほら、ダンジョンにもあった光る石だよー」
よく見れば遠くに見える星のように、光る石が壁や天井に貼り巡らされていた。
自分の立っている場所をよく見れば、古城の一室であったことが分かる。
薄ら青い光に照らされる古城の姿は、ここが洞窟内とは思えないほどに幻想的だった。
「まじで地下帝国だ・・・」
遠くには湖も見えるし、牧場のような草原もある。
「いつかこんなダンジョンを作ってみたいよねー」
「それはいいな」
こんなダンジョンなら歩いてるだけでワクワクするだろう。
青い光に照らされる廊下を進み、俺はテオドールの部屋に案内された。
「ここが僕の部屋。何もないけどねー」
「何もない、というか、ひっろ!」
温かな黄色い光に照らされた天井の高いその部屋は、奴隷商がまるっと入るくらいの広さがあった。
茶色や白の家具は高級感たっぷりで、まるで王族だ。
俺は光沢のある革張りのソファーに腰掛けた。
・・・というか、あれを聞かねば。
「おい、あのお父さん・・・魔王と同じ名前だけど・・・本人?」
本人に魔王ですか?なんて聞く勇気は、俺にはない。
「えー違うんじゃない?魔王ってもっと怖いでしょ?」
「十分怖かったぞ?」
あの眼力は間違いなく魔王だろ。
「そうかなぁ、お父様は優しいよ。魔王みたいに世界を滅ぼそうなんてしないよ」
「・・・そうだな。すまん、変なこと聞いたな」
お前のお父さん悪人?って聞くような失礼なことをしてしまった。
テオドールにとっていい父なら、それでいいと思う。
・・・心の中では「魔王にしか見えない父親」、略して「魔王」と呼ぶことにするが。
「夕食まで暇だし、これ読んでおくか」
俺はアモーレの町で買ったスキルアップの書を開いた。
「なになに、ニットとは編み物全般のことで、かぎ編みも含まれる・・・」
ぱたんっ・・・とページを閉じた。
「え?どうしたの?」
「・・・【ニット】スキルと【クロシェ】スキルの見えない攻防が1ページ目から来てる」
職にあぶれないように自分のスキルは汎用性や能力が高いと主張することはよくあるが、こんな所に書き込むほどか・・・。
気を取り直してページを捲る。
「まずは道具の名前か」
付録のポーチを開けると、中には箸のような棒が2本、カチューシャのような棒が1本、毛糸1玉がふんわりと収まっていた。
「ふーん、棒針と、輪針か」
なんでカチューシャの形で「輪針」なんだろ。
ま、あとでいっか。
「えーと、まずは・・・」
棒針の片方に毛糸を絡ませていく。
左手の人差し指と親指に毛糸を張り、棒針にキュッキュッと結んでいく。
「これが作り目?」
「だな。作りたい幅に合った数の目を作るみたいだ」
ある程度作り目ができたら、もう一本の棒針ですくい取っていくように編んでいく。
「えーと、人差し指で毛糸を伸ばして・・・」
くるん、すいっ、くるん、すいっ・・・。
手元は同じ動きを繰り返しながら、左の棒ににあった毛糸を右の棒へと移していく。
右に、左に。
移動する度に棒の下に【ニット】ができあがる。
「すごいね!できてるよ!」
「思ったより簡単・・・あれ」
よく見れば目の大きさがまばらで、段が揃っていない。
「なんか捻ってるねー」
「力加減か。真っ直ぐ編むには、引っ張る毛糸の強さを一定に保ってって書いてあるな」
注意事項を読みながら、基本の四角形を作る。
多少長方形にはなったが、練習すれば正方形になるだろう。
棒編みの基本、【メリヤス編み】を覚えた!
「慣れてきたら編み方を変えてニットに模様を入れてみよう、か」
目を飛ばしたり増やしたりすることで、幅を変えたり模様が付けれると書いてある。
メリヤス編みを一定の目で編めるようになってから挑戦してみるか。
「ああ、セーターみたいに継ぎ目のない編み方をする時は輪針を使うのか」
輪針を使う時も片方から糸をすくい取っていくが、できあがったニットがカチューシャ部分を通って来るので左右ではなく一方方向に進む。
「それで輪針なんだねー」
継ぎ目がないから着た時にゴワゴワする感じがない。
セーターの腕や胴回りに使えそうだ。
「よし、次はクロシェだな」
俺は【クロシェ】のスキルアップの書を開いた。
「なになに、クロシェはかぎ編み全般のことで、ニットとは異なり・・・」
この人たちは何と戦っているんだ・・・。
いや、ニットスキルのが優れているとされたら職を奪われるもんな。
うん、頑張れ・・・。
俺は気を取り直してページを捲った。
「まずは道具の名前か」
付録のポーチを開けると、中にはペンほどの長さの先の曲がった金属の棒が2本、糸が1玉、毛糸1玉が収まっていた。
「へー、カギ針かー。ちっちゃいモリみたいだねー」
「太さが違うのは編む素材が違うからって書いてあるな」
引っ掛けやすいよう、糸の太さによって道具を使い分けるようだ。
糸も2種類入っている。
1つはニットを作った時と同じ毛糸だが、少し量が少ない。
もう1つは細く光沢がある。
「まずは光沢のある糸から使うか」
糸をカギ針に結び、左手の人差し指に糸を張る。
その糸を絡めるように引っ掛けて作り目を伸ばしていく。
ひょい、ひょい、と人差し指から糸を引っ掛け目を作ったら、出発点に戻って目の隙間から糸を引っ掛ける。
「おー!どんどん大きくなってく!何でほどけないの?!」
「テオ、ちょっと黙れ。棒が無いからいくつ目を作ったか忘れた・・・」
棒に目が結んである棒編みとは違い、手の中にちょこんとできていく感じだ。
作り目を飛ばして編まないように気をつけなければ。
糸が隙間を開けながら広がっていき、まるで花のように周りが広がっていく。
目が詰まったニットのメリヤス編みに比べると、大きく隙間を開けて模様ができるのがクロシェの魅力なのだろう。
「・・・あれ」
だんだん花が萎れるように外側が内へと入り込んでしまう。
机に置いて伸ばすが、どうもいびつだ。
「これも力加減がダメだったか。目の大きさが違う」
隙間がある分、糸をどのくらい引っ掛けるかによって出来が左右されるようだ。
まぁ形にはなった。
クロシェの基本、【レース編み】を覚えた!
「この小さいの、グラ姉様のスカートの裾に付いてたのに似てるー」
この小さな【モチーフ】を繋げて小物を作ったり、大きなものではブランケットにもなるそうだ。
「えーと、出来上がったら形が崩れないように編んだ時の汚れを洗い落とし、平らにして乾かすのか」
糸の種類によっては編んでいる時の汚れで黄色くなったり、縮みやすかったりすると書いてある。
なかなか繊細なようだ。
「太いカギ針では毛糸でモチーフやマフラーなんかも編めるのか」
でもそこまでたくさん編むには、こんな付録の糸だけでは足りない。
俺には【糸作成】があるし、毛糸も作ればいいだろう。
ペラペラとページを捲り、糸の種類についての記述を読む。
ニットに使う毛糸。
その素材は羊の毛、ウールが良いそうだ。
羊の種類だけでなくどの部分の毛であるかで、できあがる毛糸が全然違うと書かれている。
短か過ぎる毛は綿のようにしてから作ることもあり、光沢や質感が変わる。
「・・・あ、P素材で作ったり、混ぜたりもできるのか」
「でも質感がウール100%とは比べ物にならないってー」
ここはウールのみで行いたい。練習だけど。
クロシェのレース糸は綿やシルク、麻なんかもある。
作りたいモチーフのイメージに合った素材で作るのがオススメらしい。
コンコン、とドアをノックする音が響く。
「どうぞー」
ドアを開けたのはインテグラだ。
「テオ、帰ってきたならスキルの練習ですよ。まだ使いこなせないものもあるんだから・・・」
「えー」
嫌そうな声が聞こえてくるが、俺はスキルアップの書を読むので忙しい。
「あら、楽しそうなことしてるのね」
インテグラが俺の作ったモチーフを手に取る。
「ソーイングのスキルアップの書が欲しいって頼んだら、ニットとクロシェのスキルアップの書を渡されたんだ」
ほら、と表紙を見せる。
「でも毛糸がなくなって練習できないんだ」
レース糸ならぬいぐるみに使う予定の綿から糸を作れるが、毛糸にするウールがない。
「まぁ、そうなの。もし良ければ牧場に来ない?羊なら何匹かいたはずよ」
さっき遠目に見えた牧場か。
スキルアップも大事だが、ここの探検もしてみたい。
「ぜひ。テオ、俺出かけてくるから」
「えー!なんで置いていくの。僕も行くー」
俺たちはインテグラに招待され、部屋を出た。




