千尋の谷に我が子を落とすのは狼ではない。
姜子牙とは何者なのか?
その男の物語が始まる。
私の名は姜子牙 (きょうしが)。
歳は十六、黒髪黒目の人間だよ。
東海の出身で、少し前までは屠殺人(食肉用の牛や豚、馬などを殺す人)や飲食業で生活していた。
それが何の因果か、人殺ししながら旅をしているわけなのだが、何でだっけ?
まぁ、人殺しと言っても今はどこもかしこも戦争が始まっていて、殺らねば殺られるの世の中なのだから仕方ない。
さらに言えば、私が殺しているのは本当に人間なのかも疑わしいのだ。
確かに見た目から何まで人間なのだと思うが、異形と呼ぶべきか?人ならざる力を持った化け物もどきなのだ。
私のいた東海でも奴らに村を焼かれて、死にものぐるいで逃げて来たのだ。
奴らは人を家畜にするか、自分達と同じ化け物にする。
逃げ延びられた事は奇跡だった。
血塗れの裸足で山奥に入り込み、身体中の皮膚を枝に引っ掻きながら走り回って走り回って、ようやく辿り着いたのが湖の前だった。
とにかく湖に顔を埋めるように水をたらふく飲み、喉を潤した後、空腹から釣りをしたのが間違いだった。
ニ匹と三匹と釣れた後、大物が糸に引っ掛かり、絶対に諦めてたまるかと踏ん張った拍子に足が滑り湖に落ちたのだ。
「う、嘘だろ?まさかこんな死に方あるのかよ?まだ釣った魚を食ってもいないのだぞ〜」
後悔だらけの人生だった。
そんな時、何処からか幻聴が聞こえて来たのだ。
「姜子牙 (きょうしが)よ、お前が落としたのは魂か?それとも肉体か?」
何だそれ?
謎謎なのか?
意味の分からない質問に私は答える。
「私は何も落としてはいないぞ!湖に飛び込んで汚れた身体を清めただけだ!」
我ながら理解出来ない返答だった。
「身体を清めてどうするつもりだ?」
「それはだな?う、生まれ変わるためだ!来世こそは幸せになって、美味いもの食べて、べっぴんの嫁さんと子供沢山作る人生に期待するためだ!来世の私は最高の幸せを掴む。その為に現世での汚れを消し去ったのだ」
すると声の主は言った。
「お前と私の汚れはそう容易くは消えぬぞ?どす黒く染まった罪の重みは来世、その次の運命も引き継がれるのだからな」
「そ、そんな〜??」
てか、私は何でこんな話を?
それに私はそんな大罪を犯してきたか?
食うために家畜を殺してはきたが、それは生きるためだから仕方あるまい?
そもそも誰と話しているのだ?
その時、声の主が私の正面に現れたのだ。
その姿を見た時、私は・・・!?
どれくらい経ったのだろうか?
気付くと私は湖の前に倒れていた。
不思議な事に傷一つなく、目立った外傷どころか身体が軽く思えた。
さらに誰の物か分からない衣が畳んで置かれており、遠慮なく着た。
「これは何だ?」
それに値の張りそうな鞭?
後で売って金にしよう。
と、身支度が終えた時だった。
「準備は整ったか?」
「えっ?」
すると背後から何者かが私を見下ろしていたのだ。
「だ、誰だ!」
私が見たその者の姿は神様?
神々しい輝きを持ち、端正な顔付き。
そして背中まで長い金色と銀色の混ざったような髪。
「ん?」
はて?頭上に何かあるぞ?
それに尻にも?
それは獣の耳と尾であった。
つまり目の前にいるのは獣が化けている妖怪なのか?
「な、何だ?お前は?何者だ?見たところ獣が化けておるのだろう?」
その問いに目の前の存在は面倒くさそうに答えた。
「私は神と妖の混ざりし者。大上狼君。お前を今から育てるために現れた。再び死にたくなければ死にものぐるいで強くなれ」
「ハッ?何を言っているのだ?何故私がそのような面倒な事を?何の為に」
「お前は今、この世界に跋扈し始めたカミシニなる魔性を全て封神する役目を与えられた。拒む事は許さぬ」
「何と?」
「拒めは殺す。逃げれば殺す。役目を果たせねば殺す。どうする?」
「選択権ないじゃないの〜??」
当然、死にたくなんかなかった。
それから私は、この獣神の男の下で否応なく仙術を学ぶ事になったのだ。
本当に厳しかった。
何せ最初に行ったのが、突然崖の上から突き落とされたのだから。
「ぅぁあああああ!!」
確実に死ぬと思った。
だって助かるはずないだろ?
徐々に底が近付いて見える。
このまま衝突したら、私は全身打撲だけで済まないよな?
跡形なく潰れるのか?
蛙の潰れた姿を見て笑っていた幼少期を思い出して後悔した。
「し、し、」
私は死にたくなかった。
まだ死にたくなんて〜
「死んでたまるかぁあああ!」
その直後、全身から強い力を感じて浮力が落下速度を止めて、宙で止まる。
「うぉおおおおお!」
咄嗟に崖に腕を伸ばして掴むと、落下して来た崖をよじ登った私は大上狼君に向かって怒鳴った。
「殺す気かぁああ!私を殺してどうするつもりだ?ふざけるな!」
すると大上狼君は何事も無かったかのように静かに無表情に答えた。
「狼は我が弟子を谷底に落とし、生き残った者だけ仕方なく育てると聞いたからだ。お前は合格にしてやろう」
「はぁ〜??」
それは獅子だろ?
千尋の谷に我が子を落とすのは?
獅子は生まれたばかりの子を崖に落とし、這い上がってきた子供のみを育てるという。
「お前の中に眠る力を引き起こす必要があった。結果、間違いは無かった」
「えっ?」
気付くと身体が嘘のように軽い?
力が漲る?
私は今になって身体の中に宿る力が死の縁を体験した事により間違いなく覚醒していた事に気付いたのだ。
その異変は私の右目の違和感が原因だった。
すると大上狼君は振り返り、後について来るように告げて飛び立ったのだ。
「嘘だろ〜」
私の人生はこれからどうなるの〜?
次回予告
姜子牙の前に現れた大上狼君。
その目的はカミシニを殲滅すること。
姜子牙はその役目を与えられたのだ。
法子「姜子牙って太公望さんじゃないの?それに大上狼君って、金角児と銀角児が一つになった姿よね?なんか気になってきたかも」




