救世主外伝その弐~石板の魔物~
月兎一族の問題に手を貸したのは一人の人間の僧侶だった。
しかし、この男は只者ではなかった。
法子がこの世界に現れる前に、この男は何をやらかしたのか?
男の話はまだ終えてなかった。
月兎の隠れ家に怪しい影が近付いていたのだ。
それは正しく影そのもの。
地面を影が移動し、隠れ家に侵入して来ている。
「ぷはぁ〜」
男は月兎一族に歓迎され御馳走を振る舞われていた。酒に肉に贅沢三昧に男は満足げだった。
「ぷはぁ〜」
そこに千兎と白兎がお酒を汲む。
「貴方は私達の救世主です。どうか好きなだけ居座ってください。我々月兎の一族は貴方が人間であろうと心より饗させていただきます」
「いやいや、もう満足だ。それに俺は旅の途中なんでな?」
「そうでありますか・・・」
そこに例の影が近くまで接近して来ると、男は殺気に気付いて千兎に尋ねる。
「またお客さんのお出ましか?」
「えっ?」
すると男は手に持っていた箸を投げつけると怪しい影に突き刺さる。
「ぐっ!」
影から黒ずくめの者が姿を現し肩に突き刺さる箸を放り捨てたのである。
「あの者は影の一族!?」
「影の一族?」
影の一族とは名前の通り影使いの妖怪の一族。
月兎一族同様、暗殺を生業とした一族であった。
「なるほどな。つまり月兎の王が消えた事を知って、縄張りを取りに来たわけか?」
千兎他一族の戦士は殺気立って警戒する。
すると侵入した影の一族は武装を解除して全員姿を現すと、その場で突然土下座をしたのだ。
「な?何のつもりだ?」
月兎一族が襲いかかるのを制止した男は影の一族のリーダーらしき男に尋ねる。
「かたじけない。私は影一族のカナルと申します」
「挨拶は良いから用件を簡潔に言え!さもなければ兎の連中が今にも攻撃しそうだからな」
月兎一族も影一族も暗殺の同業他社であって過去に何度か小競り合いをした事があるのだ。
それが何故?
「我々に争うつもりはありません。どうか我々の依頼を頼まれて欲しいのです!」
「依頼だ?それは暗殺か?ならお前らが自分達でやれば良くないか?それとも何か問題があるのか?」
「すまぬが、貴殿は何者でしょう?見た所、他所者の人間に思われるが?我々は月兎一族の无兎殿とお会いしたいのです」
すると白兎が代わりに前に出て説明する。
「私は月兎一族の長の白兎と言います。残念ですが无兎はもう此処にはいません」
「何処かに出ていられるのか?」
「そうではなく・・・」
无兎が死んだ事を容易に知らせては均衡していた力関係が傾いてしまう。下手をしたらそれこそ戦争の引き金になりかねない。
「待て待て!話は俺が聞いてやるから!」
男は空気を読み会話に割り込む。
「人間如きがしゃしゃり出るな!」
影一族の連中の殺気が男に向けられた。
「お前ら!この方は我々の恩人であるぞ!口の聞き方を気を付けなければ我々が相手しよう!」
千兎が殺気立ち代わりに立ち上がると男は仕方なしと立ち上がる。
「何のつもりだ?」
「俺がお前らの相手してやるよ?俺の事を知りたければ拳で語ろうぜ?」
「人間、多少腕に自信があるようだが調子に乗るなよ!我々は暗殺の専門家だ!」
「なら俺は妖怪退治の専門家だ!」
「どうやら命がいらぬとみえる。良かろう。死んでも恨むな?」
影の一族からはリーダーのカナルが相手をするようだった。その殺気からかなりの手練だと分かる。
「いつでも良いぜ?」
男が準備すると、カナルは自らの足下の影の中へと姿を消す。
そして部屋全体に影が広がっていき闇が覆う。
「あらら?真っ暗闇だな?音も無かれば何も見えやしねぇ〜」
闇の中で男は右へ左へとステップを踏みながら移動していた。
「!!」
驚きを感じていたのは影使いの方だった。闇に紛れて気配を消して背後や左右から刃を振るっているにも全て躱されているのだ。
「まさか俺の姿が見えているのか?」
「ば〜か!例え闇の中で気配を消していても武器を使う時の一瞬の殺気までは消えてねぇ〜よ!」
そして背後に向かって蹴りを入れるとカナルに直撃して倒れる。
同時に闇が消えて周りが見え始める。
「本当に人間なのか?まさか闇の中で平常心を保ちつつ攻撃をするとは・・・ならば、コレならどうだ!」
男自身の影が立ち上がり背後から抑え込む!?
「馬鹿な!?俺の影が俺を抑えやがった〜!コラ!離せ!俺の影!」
流石にジタバタする男に、カナルは勝利を確信したのである。
「無駄だ!その影はお前自身の影。その力もスピードも同等の力を持つ!どれだけ逃げようとしても無駄だとしれ!」
「ヤバッ!」
男に向けて影使いが暗器の黒い短刀を投げつけたのだ。
短刀が額に刺されば男は即死だった。
「仕方ねぇ〜」
男は掌に霊気を籠めると光り輝きながら棒状に伸びていき金色に輝く錫杖が現れたのだ。同時に強烈な光が男の影も消した。そしてカナルに対して男は錫杖を投げつけると影使いの足下に突き刺さる。
「続行するかい?」
男の提案に影使いは首を振る。
男の場数は影使いの暗殺術を遥かに上をいっていた。そして強靭な精神力も人間離れしていたのだ。
すると見ていた影の一族の一人が震えながら呟く。
「ま、魔王狩り!?」
魔王狩り?その言葉が口々に広まると、その場にいた影一族だけでなく全ての月兎一族も震え上がる。
ソレは大陸の中央で起きた噂だと思われていた。
中央の地を取り合う近年売り出し中の魔王同士の戦争が勃発した時の話。
当然暗殺部隊として助っ人の依頼が月兎一族にも影一族にもあった。
しかし到着する前に戦争が終結していたのだ。
一体何がここで起きたのか?
後になって生存した妖怪達の中で噂が広まる。
戦争が開戦されたと同時に突如天から光の柱が中央に落ち、そこに一人の人間が現れたとか?
構わず戦争は直ぐに始まったのだが、その人間の男は戦争に介入し、たった一人で万を超える妖怪の大軍を壊滅させ、しかも戦争を起こした両軍の魔王をも倒してしまったとか・・・
全くもって笑えない冗談だと信じはしなかったけれど、月兎一族は青褪めながら頷き信じていた。
それを見て影一族のカナルも確かにこの人間の男は強いと言っても、さすがに尾びれが付いた噂だと思いつつも半信半疑で信じる事にしたのだ。
「で?用件を言え!」
影一族が来た理由。
ソレは突如影一族の村を襲った化け物退治の手助けをして欲しいと言う事だった。
「我々は戦った。しかし敵わなかった。あの化け物は魔王をも超える化け物だ!」
話を聞くに、影一族の部隊が暗殺の依頼で出向いた先で、その依頼人が言ったのだ。
「この石板に描かれた魔物を捕らえて欲しい」
えっ?
ソレはある遺跡から持ち帰った石板との事だった。
石板には三体の魔物の姿が刻まれており、その魔物を捕らえるといった依頼。
「我々をおちょくっているのですか?」
影の一族の暗殺者はムッとして睨む。
たまにあるのだ。
影の一族の実力を見世物として見てみたいとか、無理難題をふっかけて損害賠償を払わせたりとか、背中が痒いから掻いて欲しいとか!
そんな依頼人には恐怖を与え始末して来た。
今回も恐れ知らずの馬鹿者かと思ったのだが・・・
「冗談でこんな事が言えるかぁ!」
依頼人は青褪めながら怒鳴り返す。
どうやら嘘を言ってるようには見えないが?
影使いの一人が依頼人に仕方なく物を言う。
「ならば石板の中の魔物を出してください。そうせねば我々も捕らえる事はもちろん、手が出せません」
「そ、それは・・・」
困りだす依頼人を見て、やはり無理な話だったかと諦めかける。屏風から虎を出せても石板から魔物を出すなんて冗談でも何でも出来ない話だと。
「仕方ありませんね」
依頼人は部下に用意していた物を出すように命じると、奴隷の男達が両腕を拘束されて部下達を連れて来たのだ。
「どうするつもりですか?」
「見ていれば分かりますよ」
依頼人は恐る恐る答える。
そして部下の命令で奴隷の男達は石板の近くへと移動するように伝える。意味も分からないまま奴隷の者達はその前に立ち尽くすと、突然動かなくなったのだ?
「なぁ!?」
影使い達はその場で起きた惨状に驚愕する。
突如、石板から無数の触手が伸びて来て奴隷の男達の身体を突き刺し、その血を吸い出したのだ。見る見る干乾びていく奴隷達。
「こ、これは?」
驚く影使い達は依頼人に問う。
「言ったでしょ?あの石板には魔物が封じられているのですよ。しかも我々とは格上の化け物が!」
依頼人もまた妖怪であった。
そこそこ腕が立つとは思うが、この石板の魔物に対しては本能的に触れてはならないと感じ、影一族に依頼をし新たに封印を願い出たのだ。
「それにしても、これは・・・」
影の一族は暗殺業とは別に封印に関しても特化していて、他の暗殺を生業としている者達とは別の需要があった。
「依頼料を頂けるなら我々も仕事をするだけです」
結解を張りなおすには封印された者を逃がさずに今張られている結解を破壊する必要があった。
そして、事件は起きた。
「石板の魔物は待っていたのだ」
影使い達は魔物の封印に失敗した。
この強力な結解を破壊出来る者が石板に近付くのを待ち、触手で力を奪いながら自力で封印を破壊し表に出て来るのを!抜け出した魔物は依頼人の国を滅ぼした後、結解を破壊出来る強い力を持つ影一族の隠れ里へとやって来たと。
「月兎一族には特殊な魔眼の力を持った无兎殿がいらっしゃる。无兎殿なら魔物をと思って参ったのですが・・・」
「それは無理な話だな」
男は答えると影使いはムキになる。
「確かに无兎殿は性格に問題があり、我々の頼みを聞いてくれるかは半々でした。しかし我々影の一族が滅べば次はこの月兎一族か、青鬼族が狙われるのです!ここは共闘を取るのが得策と言えないでしょうか?」
「いや、だから無理なんだよ。その无兎は俺が退治してもういないからな〜」
「だから、それを何とか・・・えっ?今、何と?」
「无兎はもういないんだ」
男の言葉に千兎と白兎が頷く。
「そ、そんな・・・无兎殿の魔眼の能力が最後の頼みであったのに・・・」
落胆する影使い。
「まぁ、无兎を倒した事で厄介事が増えたのなら俺も関係ないとは言えないか」
「今、何と?」
「だから、俺がその魔物とやらを倒してやれば良いんだろ?その代わり俺からも条件がある」
「何でしょうか?」
「俺は今、天竺ってのを探している。もし仕事が終わった後に情報があれば教えろ?ソレに俺に絡んで来る妖怪が無駄に多いから、ソイツらに俺に手を出すなと広めろ!更に金と酒と・・・」
余りの多い要求に驚きはしたが、
「万が一貴公が魔物を退治してくれるのなら我々に出来る事は全て致しましょう!」
「よし、成立だ!」
そんなわけで男は影使いの一族に居座った魔物退治に出向く事になったのである。
「及ばずながら私も同行いたします。何せ貴方は我々にとっても恩人ですから」
「そっか?」
月兎一族から千兎と白兎が同行を申し出たのだ。
「・・・」
二人を見て影使いのカナルは暗い顔をする。
「どうした?」
「いえ、私の妻と娘が気掛かりで・・・」
「妻と娘だと?」
その一瞬、男の目が真面目な顔になり、
「安心しろ?お前の妻も娘も俺が救ってやる」
「かたじけない。私の名はカナルとお呼びください」
「そうか、カナル!道案内頼むぜ?」
「はい」
道中、魔物の情報を確認する。
魔物はどうやら三体いる事が分かった。
その三体が桁違いの力を持ち、影一族の戦士達は手も足も出なかったと言う。
そして魔物達は何かを探しているらしく、影一族を皆殺しにしなかった理由は、その情報を収集させるためなのらしい。
そして男は新たな仲間を引き連れ、魔物退治へと向かったのだ。
次回予告
石板の魔物とは?
そして、この男は一体?




