伯爵家別邸の奇跡
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ハンナさんの訓練を終えた僕達は、次の日の朝、コルチェストの街を出た。
順調にいけば、夕方には王都“ロンディニウム”に到着する筈だ。
「ライラ様……いよいよ、ですね」
「はい……」
右隣に座るライラ様が強く頷く。
その右の瞳に、決意と覚悟を込めて。
「……王国は私達に対して、どのように出てくるでしょうか……」
左隣に座るハンナさんが、不安そうな表情を浮かべながら尋ねる。
「分かりません……少なくとも、何も起こらない、といったことはあり得ないでしょう……」
僕は王都へと続く街道を見据えながら、そう答えた。
とにかく……国王との謁見後、何事もなく無事に王都を出ることができれば最上。次は、王国との敵対関係が表面化したとしても王都を脱出できれば、ってところかな。
正直なところ、今の段階で国王を討つには準備が不足し過ぎている。
だから、今回の王都への召集では何とか最悪の状況を乗り切り、アイザックで国王を討つための準備を進めて虎視眈々とその時を待つことが、ライラ様の悲願を成就するための最善なんだ。
……ただし、王都からの脱出が叶わない、その時は……。
手綱を握る手を、ギュ、とさらに強く握り締める。
その時は、ライラ様とハンナさんだけでもこの王都から……!
「「アデル様……その時は一緒、ですよ……?」」
「え……?」
ライラ様とハンナさんが、手綱を握る僕の手に、そっとその手を添えた。
「……アデル様がお考えになっていることくらい分かります……ですが、私達はあなたの傍にいることを望みます」
二人の強く輝く瞳は、絶対に譲らないと物語る。
最後のその時まで……この僕と一緒にいたい、と……。
「はい……はい……!」
僕の視界がぐにゃぐにゃに歪む。
“黄金の旋風”にも、カルラにも、いらないと言われたこの僕が、ここまで必要だと……大切だと言ってくれる人がいる。
それが、どれ程嬉しいか……どれ程僕の心を満たしてくれるか……。
「最後まで……その最後まで、この三人で一緒に……いましょうね!」
「「はい!」」
僕達は強く頷き合う。
最後の時まで離れないと、離さないと、心に誓って。
◇
「どうぞお通りください」
王都の入口を護る衛兵が敬礼する。
うん……カートレット伯爵家は、まだ正式に敵とはみなされていないようだ。
とりあえず、第一段階は無事にクリア、だな。
「明日には王宮へと向かい、拝謁の申請をいたしましょう」
「そうですね」
ハンナさんの事務的な説明に、ライラ様がゆっくり頷くと。
「ふふ……では、今日はせっかくの王都ですので、美味しいお酒と食事に舌鼓を打つこととしましょう」
「うふふ、かしこまりました」
そう提案したライラ様に、ハンナさんが微笑みながら恭しく一礼した。
「では、この馬車はどうしますか?」
「そうですね……一旦、王都の屋敷に荷物と馬車を預けてからにしましょうか」
「分かりました」
僕はハンナさんの指示通りに馬車を進め、王都にあるカートレット伯爵家の別邸に到着した……んだけど。
「ほ、本当にここで間違いない……です……か……?」
「はい♪」
僕は震える声で目の前の建物を指差すが、ハンナさんはイタズラが成功した子どものような笑顔を見せた。
だ、だけど、周りにある他の貴族の屋敷と比べても、圧倒的に立派なんだけど!?
それこそ、アイザックの街の本邸よりも。
「ここはご先祖様である初代カートレット伯が王国への功績を讃えられ、同じく初代国王陛下より賜ったという由緒ある屋敷です」
「へ、へえー……」
ライラ様が少し胸を張りながら誇らしげに説明してくれたけど……こんな規格外の屋敷見ても、僕には感嘆の溜息くらいしか出せない。
「ふふ、そのアデル様の反応だけで満足です♪」
そう言うと、ライラ様とハンナさんがハイタッチをした。
完全に僕の反応を見て楽しんでるな……。
「あ、あはは……」
といっても、僕もこうやって乾いた笑いをするしかないんだけど、ね。
「さあさあ! 中に入りましょう!」
馬車を降り、ライラ様が僕の腕を引っ張る。
余程僕に屋敷の中も見て欲しいらしい。
でも……。
僕は、チラリ、と屋敷の庭を見ると、綺麗に整備されていたであろう庭は、所々に雑草が生え、木々の枝も自由に伸びていた。
つまり、この屋敷を手入れする庭師がいない証拠だ。
いや、庭師だけじゃない。
屋敷自体も窓が汚れていたり、扉の一部が錆びていたりしていることからも、そもそもこの屋敷にはもう……。
「ふふ、こちらです!」
それでもなお、嬉しそうに腕を絡ませてはしゃぐライラ様。
だから。
「はい! 楽しみです!」
僕はできる限りの笑顔でライラ様に答える。
だって、ライラ様が悲しむようなことは何一つさせるつもりはないから。
というか、僕には一つの確信があった。
ライラ様の白銀の手脚やクロウ=システム、ハンナさんのフギンとムニンを【製作】したことで、どこまでも力が高まった僕の[技術者]が、何だってできるってささやくんだ。
「こちらで……す……」
勢いよく玄関の扉を開けたライラ様だけど、屋敷の中は荒らされ、埃が溜まっていた。
そして、それを見たライラ様の右の瞳の色が悲しみでくすんでいく。
「ライラ様……大丈夫、ですよ」
「あ……アデル様……」
僕はポン、とライラ様の頭を優しく撫でると、跪いて屋敷の床に両手をつく。
「——【設計】、【加工】、【製作】」
そう呟いた瞬間、目の前の景色が一気に変わる。
埃だらけだった絨毯は真新しくなり、ひび割れや欠けていた調度品なども全て元通りになっていく。
「うわあああ……!」
隣ではライラ様が、屋敷がみるみる変わっていく様に感嘆の声を漏らす。
僕はそんなライラ様の様子に、少し誇らしくなった。
そして。
「はい、終わりました」
この屋敷は、まさに生まれ変わった。
僕の、[技術者]の力で。
「アデル様……!」
感極まったライラ様が僕の胸に飛び込んできた。
僕はそんな愛おしいライラ様を受け止めると、そのまま優しく抱き締めた。
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