ハンナの覚悟
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——ガタ、ガタ。
あの事件から五日。
あの後、僕達はすぐにヘイドンの街を出て真っ直ぐ王都を目指していた。。
今日滞在する予定の“コルチェスト”の街を抜ければ、もう王都は目の前だ。
「「「…………………………」」」
あれから僕達の口数も少なくなり、今も無言のまま馬車に揺られている。
事件のこともあるが、いよいよ王都の直前まで来ていることへの緊張もあるのだろう。
王都に着けば、いよいよ僕達は最後の復讐を果たすことになり、そしてそれは、僕達のこの旅の終わりを告げる意味もある。
……復讐の果てに、僕達はどこに向かって行くことになるんだろうか……。
だけど、復讐の前に乗り越えるべき壁がいくつもある。
まずはヘイドンの街で出遭った、ハンナさんが師匠と呼ぶ人物。
後で詳しくハンナさんから聞いた話では、その師匠というのは“ジャック”と呼ばれる王国の暗殺者ギルドの長で、[暗殺者]として王国最強とのことだ。
そんな男は、僕達の敵である王国に雇われているんだろう。
依頼主こそ明かさなかったが、僕達の監視をしている時点でそういうことなのだろう。
それに先日の事件の時も、“ジャック”は本気を出している様子はなかった。
この“ジャック”対策も何とかしないと、ね……。
そして、“ジャック”の依頼主の存在。
ゴドウィンの発言やこれまでのことを考えれば、国王自身か側近中の側近である可能性が極めて高い。
そしてそれは、ライラ様の復讐対象である訳で……。
そんな相手に、僕達はどうやって鉄槌を叩き込む?
謁見中に隙を突くか?
いや、そもそも武器や甲冑の持ち込みもできない上、僕とハンナさんは王宮の敷地内にすら入ることができない。
なら正攻法で正面突破するか?
馬鹿な……近衛兵を含め、万全の警備が敷かれている中で、それこそ自殺行為だ。
……本当は、ここはやり過ごした上で、機会をとらえて万全を期して復讐に臨むのが一番良いんだけど……かといって、向こうがそれを待ってくれる訳じゃない。
なら、今できる最善を考えないと……。
「アデル様……」
見れば、ライラ様が心配そうな瞳で僕を見つめていた。
はあ……どうやら僕のこの不安や焦りが、表情や態度に出てしまっていたみたいだ。
「あはは……すいません、ちょっと考えごとしてただけですので」
「アデル様……本当に、ご無理なさらないでくださいね?」
「ええ、もちろんです」
僕はライラ様にニコリ、と微笑み返すと、ライラ様はそれ以上何も言わなかった。
一方で左隣のハンナさんはといえば、どこか思いつめたような、苦しそうな表情を浮かべていた。
ハンナさんの師匠である “ジャック”という男のことで思い悩んでいるんだろう。
特に、自分を救ってくれた筈の“ジャック”が、同じ境遇のメル達を殺害したことへの疑問、そんな師匠と敵対することへの葛藤が、ハンナさんの胸の中に渦巻いているんだと思う。
そして、そんな師匠に対し、ハンナさんが語る術を持たないことへの悔しさも。
「あ! アデル様、見えました!」
「本当ですか」
ライラ様が前方を指差す。
どうやら無事、コルチェストの街に着いたようだ。
「さて……では街に着いたら早速食事でもしますか?」
「いいですね、それ!」
空気を変えるために少しおどけながら提案すると、ライラ様が乗ってくれた。
でも、やっぱりハンナさんの表情は冴えない。
すると。
「ハンナ……話があります」
「はい……」
見かねたライラ様が、ハンナさんと一緒に御者席から車内へと入って行った。
……僕が、ハンナさんにできることは何だろうか。
左手を握ったり開いたりしながらジッと見つめる。
そうだよな……僕には、“役立たず”だった[技術者]の力しかない。
だったらこの力を使って、ハンナさんのためにできることを……!
そう心に誓い、僕は拳を握り締めた。
◇
「ふう、ご馳走様でした」
「ふふ、美味しかったですね」
「ええ、お嬢様」
コルチェストの街に着いた僕達は、早速この街一番というレストランに入り、食事をした。
ハンナさんもこの街に来るまでの暗い表情はなりを潜め、今は微笑みを浮かべている。
もちろんこれは、ライラ様が馬車の中で話をしてくれたお陰だろう。
そしてそれは、僕には入り込む余地がない程、二人の絆が強い証なのだろう。
そのことに、僕は羨ましさと若干の寂しさを感じてしまった。
「それで、食事が終わったら今日は宿でゆっくりしますか?」
「そうですね……僕はちょっと用事があるので、この街を散策します」
そう提案するライラ様に、僕はそう告げた。
「あ……それでしたら私達もご一緒しても?」
「ええ、構いませんよ」
少し遠慮がちにライラ様が尋ねるので、僕は微笑みながら快諾した。
僕はクロウ=システムを作った時にライラ様に窘められたあの時から、変な隠し事や遠慮、自己犠牲はしないと決めた。
だから。
「……僕は、この[技術者]の力で、ハンナさんの新たな武器を作ろうと思います」
「「っ!?」」
僕がそう告げると、二人が息を飲んだ。
「このことをお二人に告げたのは、決して僕自身が死ぬ気ではないことを示すためです。僕は、二人とこれからも一緒にいるために、この力を使うんです……」
すると。
「アデル様! ……私のためというなら、そのようなことはおやめください……!」
ハンナさんが僕に縋りつき、懇願するような瞳で僕を見つめた。
でも、僕の決意は揺るがない。
「僕は、大切なあなたのために作ります。あなたが、あの“師匠”と呼ぶ男と対話するための力を」
僕は、泣きそうな表情のハンナさんの瞳をジッと見つめる。
僕の、ハンナさんへの想いを知ってもらうために。
「ハンナ……あなたがこれから先もアデル様のお傍にいたいのなら、アデル様の覚悟、受け止めなさい」
「お嬢様……」
ライラ様が、ハンナさんの背中をそっと押す。
それは、これまでそんな僕の覚悟を受け止めてきてくれたライラ様の、覚悟と想いの強さの表れだった。
そして。
「アデル様……どうぞ、よろしくお願いします……」
ハンナさんは涙を零しながら、深々と頭を下げる。
「はい、お任せください」
僕はそんなハンナさんの身体を起こすと、ニコリ、と微笑んだ。
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