飛来
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「うー……いてて……」
目が覚めた僕は、早速頭痛に襲われる。
あー……昨日、かなり飲んだからなあ……。
僕はムクリ、と起き上がり、頭を振った……って。
「すう……すう……」
……うん、あのままライラ様の部屋で寝てしまったんだな……。
僕は気持ちよさそうに眠っているライラ様の寝顔を眺めながら、軽く溜息を吐いた。
はあ……お酒は程々にしないと。
——ガチャ。
「あ、アデル様。おはようございます」
「おはようございます、ハンナさん」
既に起きていたハンナさんが、部屋の扉を開けて入ってきた。
というか。
「う、その……昨日はすいませんでした……」
僕は頭を掻きながらハンナさんに謝る。
本当なら、昨日はハンナさんと一緒に一夜を過ごす筈だったのに、お酒の飲み過ぎで眠りこけてしまうなんて……。
「本当です……私、昨夜はすごく楽しみにしていたんですから……」
ハンナさんが寂し気な表情を浮かべ、胸に手を添えて俯いてしまった。
「あ……そ、その、本当に申し訳ありません……」
僕は罪悪感で一杯になり、深々と頭を下げてもう一度謝罪した。
すると。
「うふふ♪ 冗談です」
ハンナさんは打って変わって、人差し指を口元に当て、笑顔でおどけてみせた。
「で、ですが……」
「本当に冗談ですよ? それに、実は私も昨日はこの部屋で眠ってしまいましたから」
そう言うと、ハンナさんが舌をペロ、と出した。
「んう……ふみゅ……」
あ、ライラ様が起きたみたいだ。
「ふあ…………………………って、あ、あれ? どうしてアデル様とハンナがここに?」
ライラ様は可愛くあくびをした後、僕達を見てキョトンとしている。
「うふふ、お嬢様おはようございます」
「ライラ様、おはようございます」
「あ、お、おはようございます……」
まだ状況が理解できないライラ様は、シーツを被りながらおずおずと挨拶をした。
「覚えていらっしゃらないのですか? 昨夜、お嬢様とアデル様、そしてこのハンナとで、熱く官能的な夜を過ごしたというのに……」
「え……?」
あ、ハンナさん、今度はライラ様に悪戯を仕掛けてる。
でも、面白そうだから僕も黙っておこう。
「わ、私……まさか三人一緒に……?」
オロオロしながら縋るような瞳で尋ねるライラ様。
ど、どうしよう……罪悪感と一緒に、もっといじめたくなる衝動が……。
「うふふ♪ 冗談です。昨夜はお酒を飲んで、全員この部屋で眠ってしまったんです」
あー……ネタばらししちゃったかあ。
「……ハンナ」
「何でしょう、お嬢様」
肩をプルプル震わせながら、顔を真っ赤にしてハンナさんを睨みつけるライラ様。
で、当のハンナさんは、何食わぬ顔でライラ様を見つめていた。
「お、覚えてなさい!」
どうやら、ライラ様にはその一言が精一杯だったようだ。
でも……もう少しだけいじめたかったなあ……。
◇
あの後朝食を済ませ、宿を出た僕達は鋼鉄の馬車に乗って港へと向かっている。
正午にはまだ早いが、この馬車の積み込みだったり船の規模の確認等、あらかじめやっておきたいことがいくつかあるからね。
「いよいよ、ですね……」
右隣に座るライラ様が、ポツリ、と呟く。
「はい……僕達の新しい生活の始まりです」
「ふふ……ええ……」
僕の言葉に、ライラ様が微笑む。
その表情には、昨日グロウスター公爵に話を聞かされた時のような悲壮感はもうなかった。
「うふふ……これからは、アデル様のことを何とお呼びしましょうか」
「? というと?」
「私としては、“あなた”と呼ぶのが良いかと思いつつも、今まで通り“アデル様”と呼ぶのも捨てがたいですし、“旦那様”もアリです」
「ななななな!?」
ハンナさんが放った言葉に、僕は思わず仰け反る。
い、いや、まだ僕に心の準備が!?
「うふふ……ですが、もうすぐの話ですので……」
「そ、それはそうですけど!?」
僕の反応が楽しいのか、ハンナさんが僕の腕に絡みつきながら悪戯っぽい笑みで僕の顔を覗き込む。
く、くそう……ラ、ライラ様に助けを……って。
「あうう……“あなた”……あうあうあうあう!」
あ、ダメだ。ライラ様は自分の世界に入って顔をブンブンさせてる。
結局僕は羞恥心に耐えながら馬車を走らせ、何とか港に到着した。
「うわあああ……!」
昨日まではなかった巨大で立派な船が、何艇も港に邸握しており、船乗り達が忙しそうに荷物を積んでいた。
「あれが……私達が乗る船でしょうか……」
舩を眺めながら、ハンナさんが呟く。
その時。
「ハハハ、そうですねえ……カートレット卿とお付きの方は、その隣の船になります」
いつの間にか、後ろにグロウスター公爵が笑顔で立っていた。
「……グロウスター卿、おはようございます」
「おはようございます、カートレット卿」
ライラ様がカーテシーをすると、グロウスター伯爵も一礼する。
「アデル様……」
すると今度は、僕の名を呼ぶソフィアの声が聞こえてきた。
……せっかくの朝が、台無しな気分だ。
「うふふ、馴れ馴れしくアデル様の名前を呼ばないでください」
ハンナさんが僕とソフィアの間に割って入り、そう言い放つ。
「あなたに話しておりません。私はアデル様にお話ししているのです」
「……もういいじゃない。話にならないんだから、排除しちゃえば」
っ!? カルラが剣を抜いた!?
「オマエ! こんなところで何を考えているんだ!」
「んふ♪ やっと口をきいてくれたわね、アデル」
カルラ……こんな奴だったか……?
「ふふ、アデル様に相手にされないものだから、こんな無茶をして気を引こうとして……憐れですね?」
ライラ様がこちらへと向き直り、カルラに向かって嘲笑を浮かべると。
「……黙りなさいよ、ツギハギだらけの泥棒猫」
「あは♪ 死にたいんですね?」
カルラの言葉に、ライラ様がニタア、と口の端を吊り上げ、死神の鎌の切っ先をカルラへと向けた。
「うふふ♪ ええ、この際ですからここで終わりにしましょう」
ハンナさんも、フギンをソフィアへ、ムニンをカルラへと向けた。
「くふ♪ 神であるアデル様に、このような不貞の者達は不要ですね」
そしてソフィアまで、メイスを高々と掲げた。
「ちょ、ちょっと待ちたまえ!? あなた方はこの国の使者としてベルネクス王国に向かうんですよ!? 出発前からこのような……!?」
困惑の表情を浮かべながら、見かねたグロウスター公爵が四人に割って入る。
……さすがにそろそろ止めたほうが……っ!?
突然、僕達を影が通過した。
慌てて空を見上げると……!?
「あ、あれはっ!?」
——雲一つない澄み渡る上空に、巨大な一匹の“紅い竜”が羽ばたいていた。
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