1.朝倉さんの登校風景。
ここから第1章です。
僕こと、宮間天音は高校の最寄りまでは電車通学だ。
昨日は駅前で朝倉さんと別れてから、人の波に揉まれながら帰宅。今朝はその逆を行いながら、ひとまず無事に目的地の改札を出ることができた。
ここまできたら、あとは道なりに歩いていけば――。
「今日もこれ日々平穏なり……ん?」
――と、思っていたのだが。
「……なに、やってるの。朝倉さん」
「あ、天音くん! おはようございます」
駅の改札から少し離れた木陰に黒髪美少女が身を潜めていたら、気になってしまうのも無理のない話だった。僕が声をかけると、朝倉さんは穏やかな微笑を返してくれる。
しかし、すぐに目を細めて真剣な表情で一点を見つめるのだった。
いったい何事なのだろうか。
「…………あの男の人が、気になるの?」
そう思って彼女の視線を追い、その先にいる一人のガラの悪い男性を認めた。
訊ねると朝倉さんは、
「えぇ、そうなのです。どうにも彼からは、邪な気を感じるので。こちらの世界には衛兵もいませんし、私が注意を払う必要があるかと思いまして……!」
「邪な、気……?」
気配を消すかのように、小声でそのように話す。
邪な気、とは何だろうか。少なくとも僕にしてみれば、態度の悪い男性がベンチで煙草をふかしているようにしか見えなかった。それでも朝倉さんが言うのなら、何かがあるのだろう。
そう考えて、自分はひとまず男性の様子を確認する朝倉さんの様子を眺めることにした。なんとも珍妙な光景ではあるが、朝の通勤通学の時間帯だ。
僕らの奇行など、気にも留められていない。
「…………あ、そうだ」
その中で、自分は一つ下準備をしておくべきだと気付いた。
スマホを取り出し、いつでも通話できるように構えた――次の瞬間だ。
「動きました!!」
「おお!?」
朝倉さんは勢いよく飛び出して、男性のもとへ。
するとそこには、いつの間にかもう一人――スーツ姿の会社員――が立っていた。互いに何かを話している只中に、朝倉さんは割って入りながら口論を始める。
周囲の人もさすがに奇妙に思ったのか、足を止めてその光景を眺めていた。
僕はマズいと思い、下準備を済ませてから彼女のもとへ。すると、
「んだァ、ガキ! いきなりワケの分からねぇ因縁つけやがって!?」
「何を言っているのですか! 貴方からは、危険な空気を感じます!!」
「おいおい。朝っぱらから、厄介事は勘弁してくれよ……遅刻してしまう」
「そういう貴方も、彼と何をしようとしていたのですか!!」
そんな中身の判然としない会話が耳に飛び込んできた。
どうやら朝倉さんは、怪しい二人組に証拠も根拠もなしに突撃したらしい。彼女の言うところによる『邪な気が感じられる』という理由だけ、で。
それでは、相手も揺らがないだろう。
しかし衆目に晒されるのは、男性二人も歓迎できないのだろう。
「ち……面倒だな」
「ふぅ……」
各々から、言いようのない危機感や緊張感が漂っていた。
それくらいなら一般人の僕でも、何となくだが察することができる。だったら、
「あの、どうかしましたか?」
「…………あ?」
こちらは、なるべく穏便に事を運ぶことにした。
「どうしたもこうしたも、ねぇよ!!」
「そこの女の子が、意味の分からないことを言ってきたんだ」
「ん……そうなの?」
そして僕はあえて気の抜けた声色で、朝倉さんに意見を求める。
すると彼女は、どこか憤った様子でこのように語った。
「意味の分からないことではありません! 彼らは邪気を孕んでいます!! きっと間違いなく、何か良からぬことを企んでいるに違いありません!!」
「おおう、きっと間違いなく……?」
――どっちなんだ、というツッコミは置いておいて。
僕はひとまず男性たちの方に向き直って、こう伝えるのだった。
「お二人ともすみません。お忙しいところ恐れ入りますが、お話できますか?」
「あぁ……!?」
「キミまでそんな、ワケの分からないことを言うのか!?」
「いえいえ。僕ではなくて、ですね――」
努めて明るい笑顔を浮かべ。
道路上に見えるパトカーを示しながら、
「あちらの警官さんと、ですよ」
青ざめる二人に向かって言う。
そして僕は頷きながら、到着した警官二名に手招きをするのだった。
◆
――結論から言うと、二人は『とある取引』をしていたらしい。
もちろん世間一般には非合法なもので、押収されたブツからその場で現行犯逮捕。僕と朝倉さんは事情聴取をされた後に解放され、遅刻前提で学校へと歩いていた。
「ありがとうございました、天音くん。私だけではきっと……」
「あー、気にしなくていいよ。大丈夫」
その道中、しきりに彼女は感謝を伝えてくるのだが。
こちらとしては自分から首を突っ込んだので、特に迷惑には思っていなかった。むしろ朝倉さんの直感がなければ、犯罪を見逃していたことになる。
僕としてそれは、許せないことでもあるのでむしろ助かった。
ただ一点、彼女に伝えるとしたら――。
「それなら、朝倉さん。一つだけ、お願いを聞いてくれるかな?」
「え……はい」
立ち止まり、朝倉さんの綺麗な顔を見つめる。
そして、こう告げたのだった。
「次からは一人で行かずに、僕にも相談してね?」――と。
いくら浮世離れしていても、朝倉冴姫は『普通の女の子』なのだ。
だったら、それを守るのは男として当然のこと。
「あ、ありがとうございます……」
「うん。分かったなら、よし!」
途端に顔を赤らめる彼女に、僕は一つ頷いてまた歩き出した。
朝倉さんは、その後ろをちょこちょことついてくる。
これがきっと、僕たちの日常。
でも、この時はまだあんな事件に巻き込まれるとは思ってもみなかった。
第1章に入りました。ここから日常の中で少しずつ変化が起きていきます。
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