7、(3-4)路傍の少女はどこから
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「街道脇に人影!」
御者台にいたゲルトが、唐突に声を張り上げた。
その声に、後ろから馬で並走していたローデリヒがすぐに馬首を寄せる。
「盗賊の見張りか?」
「一人だ。子供っぽい。ドワーフでもホビットでもないな」
ローデリヒは目を細めて遠くを睨む。
このあたりは村も町もなく、通りがかる人影なんて珍しい。ましてや“子供”だ。
つまり、まともじゃない可能性が高い。
「子供一人ってのは、妙だな」
「ああ。悪いが、先に見てきてくれないか」
「了解。……って、あーでもちょっと待て」
ローデリヒが馬の腹を蹴ろうとしたところを、ディルクが制した。
白い髭を撫でながら、どっしりと落ち着いた声で言う。
「待て。子供にお前が突っ込んでいったら、怖がって逃げるじゃろ。盗賊の見張りっちゅう線は薄そうじゃ」
「うーん、そうか?」
「そうじゃ」
ローデリヒは肩をすくめた。
理屈はわかる。確かに自分が鎧姿で突進すれば、誰だって逃げる。
「じゃあ、誰が行くんだ?」という問いは、ディルクの視線で即答された。
「……フィーネ、か」
「それがええじゃろう」
ローデリヒは軽く馬の手綱を引いて、馬車の後ろに下がっていった。
「どうしたの?」
先頭近くにいたフィーネが首を傾げる。
栗色の髪が馬のたてがみに揺れた。
「子供らしい。オレが行くより、お前のほうがいいってさ」
「子供? こんな場所に? ドワーフじゃなくて?」
「見た目は違うらしい」
フィーネは一瞬、空を仰いだ。
──まったく。男どもは“優しく声をかける”というスキルをどこかに置き忘れてきたのか。
そう心の中で毒づきながら、口には笑みを浮かべて言った。
「わかったわ。行ってみる」
「ああ。気をつけてな」
「はいはい、心得てるって」
軽口を交わしつつ、フィーネは馬の腹を軽く蹴った。
馬車の横を駆け抜け、砂煙を巻き上げながら先行していく。
近づくにつれて、人影の輪郭がはっきりしていった。
それは──確かに少女だった。
成人前、せいぜい十五、六歳くらい。
服は柔らかそうな生地で、見慣れない仕立て。
この大陸のどの国の服とも違う。貴族の旅装でもなければ、平民の作業着でもない。
肩から提げた濃紺のバッグは、不思議な艶を放っていた。
革でも布でもない。まるで“金属のような布”。
フィーネは眉をひそめた。異国どころか、異世界の匂いすらする。
一応、少女の手には棒切れのようなものが握られていた。
長さは三尺ほど。杖にしては粗末で、武器というよりは“拾った枝”。
──うん、これは間違っても魔術師じゃない。
馬上から声をかけた。
「こんなところで何してるの?」
少女はびくりと顔を上げた。
その瞳が、驚きと戸惑いを混ぜたままフィーネを見つめる。
言葉は返ってこない。
いや、返ってきたけど、全く理解できない音だった。
「……?」
フィーネは少し困ったように笑った。
馬を降り、手綱を軽く引いて少女に歩み寄る。
「あなた一人? 誰かを待ってるの? ここは危ないわよ」
少女は何かを言いながら身振りを交えて訴えた。
が、その言葉も身振りも、どこの国のものとも違う。
フィーネの頭の中で、意味不明な言語がぐるぐる回る。
──これは、もう言葉の壁どころじゃないわね。
とりあえず、こちらもジェスチャーで返す。
「それって、何語? 服も見たことないけど……この辺の国の人じゃないわね?」
少女もそれに倣って、少しゆっくりと喋る。
しかし、結果は同じ。全く通じない。
ただ、少女が空中に“凸型”を描き、それを指差す。
あれは……城か砦を表しているのか?
「お城? 砦?」
フィーネがそう問い返すと、少女は何度も頷いた。
そして道の右と左を指差す。
──なるほど、どっちに行けばいいの?ってわけね。
そこへ、ローデリヒたちが追いついてきた。
馬車がゆっくりと停まり、ローデリヒが声をかける。
「盗賊の待ち伏せじゃなさそうだな」
「ええ、違うと思うわ」
「で、その子は?」
「さあ……言葉が通じないの。服装も見たことないし」
馬車の上から、ディルクが口を挟んだ。
「他国の子か? じゃが、このまま放っておくわけにもいかんじゃろ」
「砦の場所を聞いてるみたいなの。でもこの街道沿いには無いんでしょう?」
「うむ。一番近い領都でも、三日はかかるはずじゃ」
「変わった服装だな。あんな生地、見たことねぇ」
「遠国の使節団から逸れたとかか?」
「使節団が子供連れってのも聞いたことないけどな」
皆、口々に憶測を飛ばす。
けれど結論は出ない。
ドワーフが言った。
「まー、悩んでも仕方あるまい。とりあえず次の街まで連れていこうじゃないか」
「そうだな。それで事情を探ればいい」
「じゃあ、私が話してみるわ」
フィーネが頷く。
「強引に誘うんじゃないぞ」
「わかってるって。任せなさい」
再び少女に向き直る。
「ここで一人だったの? 水は足りてる? お腹はすいてない?」
少女は少し考えてから、カバンの中を探った。
取り出したのは──金属光沢のある筒。
何かを訴えるようにそれを揺らしながら喋り出す。
「ねぇローデリヒ。あれ、何だと思う?」
「竹筒……? いや、あの素材は違うな。水筒じゃないか?」
「水、持ってるってことね」
そう話している間も、少女は一生懸命に身振りを交えて話している。
水筒を振るたびに、かすかな水音が聞こえた。
「やっぱり水筒みたい。残り少ないのかも」
「分けてくれってことかな」
「そんな感じ。でも、今すぐ食料が必要ってほどでもなさそうね」
やり取りのうちに、少女の表情が少し和らいだ。
言葉は通じないのに、不思議と“通じた気”になる瞬間がある。
笑顔とか、声の調子とか。そういうやつだ。
何度かの確認の末、少女は一緒に行くことに同意したようだった。
ローデリヒが幌をめくり、手で乗るように示す。
少女は戸惑いながらも、馬車のステップに足をかける。
動きがぎこちない。荷馬車に乗るのは初めてなのかもしれない。
けれど、しばらくしてようやく落ち着いて座った。
その様子を見て、フィーネは小さく息を吐いた。
「よし、出発しましょう」
馬車がきしみを上げて動き出す。
少女は幌の隙間から外の景色を、子猫みたいに興味津々で見ていた。




