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旅する不死者は昼も歩く  作者: 真野真名


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42/42

42、茶畑の向こうの計画都市




 馬車の後ろに引きずられるという体験は、おそらく人生においてそう頻繁に訪れるものではないだろうし、進んで体験したいと願う類のものでもない。

 私たちの後ろで数珠繋ぎにされ、ゾロゾロと歩かされている元・盗賊の皆さんにとっても、それは同様らしい。


 彼らはここ数時間、ありとあらゆる手段を用いて私たちの同情を引こうと試みていた。

 足が痛い、喉が渇いた、小便がしたい、田舎に病気の母親がいる、実は俺は王家の隠し子で、などなど。

 そのレパートリーの豊富さと、演技力の拙さには感心するほかない。


 けれど、残念なことに、今の私たちは彼らの三文芝居に付き合ってあげるほど暇ではなかったし、慈悲深くもなかった。

 私とすばる、そしてチナちゃんの三人は、荷台の揺れに身を任せながら、完全に彼らを「背景」として処理していたのだ。


 チナちゃんとの会話は弾んだ。

 魔法の話、この世界の流行りの食べ物、テンペタ・フロップスの観光名所。

 彼女の話すことはどれも新鮮で、私の異世界知識欲をほどよく刺激してくれる。

 おかげで言葉も完璧になったはず。統がチラ見しなくなったもの。


 背後から聞こえる「水……水をくれ……」というゾンビのような呻き声さえなければ、優雅な午後のティータイムのような空気が流れていたことだろう。


 やがて、風景が変わり始めた。

 それまで続いていた雑木林や荒れた原野がなりを潜め、視界いっぱいに鮮やかな緑色が広がったのだ。


「うわぁ、すごい……」


 思わず声が漏れる。

 茶畑だ。

 綺麗に刈り込まれた低い茶の木が、まるで緑色の絨毯のように、緩やかな丘陵を覆い尽くしている。

 風が吹くたびに、緑の波がさざめき、鼻孔をくすぐるような芳しい香りが運ばれてくる。


 お茶の香りというのは、どうしてこうも人の心を落ち着かせるのだろう。

 日本人としてのDNAが騒ぐのか、それとも単にカフェイン中毒の予備軍なのかは定かではないけれど。


「これがテンペタ茶なのね」


 私が尋ねると、チナちゃんが誇らしげに頷いた。


「はい! このあたり一帯は全部、テンペタの直轄地なんです。ここのお茶は王都でも高級品として扱われてるんですよ」


「へえ、高級品かぁ。一回飲んでみたいね」


「街に入れば、茶楼がたくさんありますから。安くて美味しいお店、教えますね!」


 そんな平和な会話を交わしながら、馬車は緑の海を切り裂く一本道を滑るように進んでいく。

 そして、その緑の波の向こう側に、目指す街の姿が浮かび上がってきた。


 古都、テンペタ・フロップス。

 最初に抱いた感想は、「デカい」だった。

 そして次の感想は、「なんか、変」だった。

 異世界の都市といえば、巨大な城壁に囲まれた堅牢な要塞都市をイメージするのが相場だ。

 魔物が跋扈するこの世界において、壁は命綱であり、安心の象徴でもある。


 けれど、目の前に広がるテンペタには、その「壁」がなかった。

 あるのは、人の背丈ほどの木製の柵だけ。

 小学校の飼育小屋じゃないんだから、と言いたくなるような頼りなさだ。


 あれで本当に外敵の侵入を防げるのだろうか。クマ一匹どころか、やる気のあるイノシシなら鼻先で突き破れそうな華奢な作りである。


「ねえ統、あれで大丈夫なの? セキュリティ意識低すぎない?」


 私が小声で尋ねると、統は呆れたように柵を一瞥した。


「あれは物理的な防御壁ではない。領域を示す結界の基点だ」


「結界?」


「帝国時代からの遺物だな。街全体を強力な魔術式が覆っている。魔物避けの効果があるらしい」


「へえ、見えない壁ってやつか。ハイテク……じゃなくてハイマジックだね」


 柵の内側には、これまた無駄とも思えるほどの広大な空き地が広がっていた。

 幅二十メートルはあるだろうか。ぺんぺん草も生えないほど綺麗に整地されたその空間のさらに内側に、ようやく街並みが始まっている。

 そして、その地面の下には空堀が掘られているらしい。


 空き地の下には水のない堀。柵だけの境界線。

 なんとも奇妙な防御構造だ。


 けれど、その何もない空間のおかげで、街の全体像が手に取るようにわかった。


 碁盤の目だ。

 京都や札幌、あるいはシムシティで最初に道路を引いた時のような、定規で引いたような直線的な街路。

 家々もまた、そのグリッドに沿って行儀よく並んでいる。


 自然発生的に広がった集落特有の、あの迷路のようなごちゃごちゃ感がない。

 「ここに街を作りますよ」という、誰かの強い意志と計画性が、数百年、あるいは数千年の時を超えて伝わってくるようだ。


「計画都市ってやつね。古代人の都市計画、恐るべし」


 私たちは東にある門――サンライ門と言うらしい――へと近づいていった。

 門と言っても、柵が途切れて、そこに詰め所のような小屋が建っているだけだ。


 守衛さんが数人、槍を持って立っているが、その表情は緩い。

 出入りする人や馬車をいちいちチェックするでもなく、フリーパス状態で通している。

 平和ボケなのか、それとも結界への絶対的な信頼なのか。


 しかし、さすがに私たちの馬車はスルーとはいかなかった。

 なにしろ、後ろに七人の男を数珠繋ぎにして引きずっているのだ。

 これで止められなかったら、守衛の目は節穴どころか、顔についているのはガラス玉か何かだと疑うレベルだ。


「おいおい、なんだその行列は」


 守衛の男が、呆れたような、それでいて少し警戒した様子で声をかけてきた。

 ブンザさんが馬車を止め、手慣れた様子で事情を説明する。


 道中で襲われたこと。

 通りすがりの(とても強くて親切な)姉弟に助けられたこと。

 こいつらはその成れの果てであること。


 守衛たちは、私と統、そして後ろでへたり込んでいる盗賊たちを交互に見比べた。

 「マジかよ」という心の声が聞こえてきそうだ。


 まあ、十歳前後の子供二人が、大人七人を無傷で捕縛したと言われても、にわかには信じがたいだろう。

 しかし、現実は小説より奇なり。

 縛り上げられた盗賊たちの情けない顔が、何よりの証拠だ。


 手続きは意外とスムーズだった。

 引き取り役の役人が来るのを待ち、盗賊たちを引き渡す。

 彼らは最後まで「俺たちは無実だ」「パンをくれ」などと喚いていたが、役人にドつかれて大人しく連行されていった。


 手配書を確認してもらったところ、彼らは特に有名な大物というわけではなく、近隣の村で鶏を盗んだり、旅人を脅したりしていた小悪党の集まりだったらしい。

 報奨金の額も、命を懸けるリスクに見合うかと言われれば微妙なラインだった。

 まあ、お小遣い程度にはなったけれど。


 門の手続きを終え、いよいよ街の中へ。

 ここで、ブンザさんたちとはお別れだ。

 彼らは取引先の問屋へ荷物を卸しに行くらしい。


「いやあ、本当にお世話になりました。お二人のおかげで、商売あがったりにならずに済みましたよ」


 ブンザさんが深々と頭を下げる。

 ダカタさんも、チナちゃんも、名残惜しそうな顔をしている。


「お二人、宿は決まっていますか?」


「いえ、まだこれから探そうかと」


「それなら、『白の風車亭』という宿がおすすめです。料理も美味いし、主人も気さくで、値段も手頃ですよ。私たちもそこに泊まる予定なんです」


 そう言って、簡単な地図を書いてくれた。

 ネットの口コミサイトがない世界において、現地の商人の情報はダイヤモンドより価値がある。


「もしよろしければ、夜に食堂へ来てください。夕食でもご一緒しましょう。お礼も兼ねて、ご馳走させてください」


「え、いいんですか? そんな、悪いですよ」


 と言いつつ、私の胃袋はすでに「ゴチになります」の体勢に入っていた。

 タダ飯ほど美味いものはない。これは古今東西の真理だ。


「でも……お二人だけで大丈夫ですか?」


 チナちゃんが、心配そうに私と統を見上げる。

 年下の女の子に心配されるというのは、お姉さんとして少々情けない気もするが、彼女の純粋な優しさは素直に嬉しい。


「大丈夫だよ、チナちゃん。見てたでしょ? 私たち、結構強いから」


 私が力こぶを作る真似(筋肉はないけど)をすると、横からブンザさんが笑いながら言った。


「ははは、チナ。心配はいらんよ。あのお二人は、そこらの冒険者よりよっぽど頼りになるさ」


 そんな温かいやり取りをして、私たちは手を振って別れた。

 馬車が石畳の道をガタゴトと去っていくのを見送ると、ふと寂しさが込み上げてくる。

 旅の出会いは一期一会。

 でも、今日の夜にはまた会えるのだ。

 美味しいご飯が待っている。

 そう思うと、足取りも自然と軽くなった。


 私たちはテンペタ・フロップスの街を歩き始めた。


 門をくぐって最初に感じたのは、「広さ」だった。

 中央を貫くメインストリートは、幅六十メートルはあるだろうか。

 飛行機でも着陸できそうな広大さだ。

 道の両脇には石造りの建物が整然と並び、街路樹がそこ此処に木陰を作っている。

 道行く人々の服装も、どことなく垢抜けている気がする。


 さすがは元帝都。

 腐っても鯛、ならぬ、寂れても都だ。


 今後のことを相談しながら、私たちは並んで歩く。


「この街で、どうやって暮らしていくの?」


 私は統に尋ねた。

 身分証もない、定職もない、住所不定無職の子供二人。

 普通に考えれば、孤児院行きか、路地裏で野垂れ死にコースだ。


「定番は冒険者登録して、依頼をこなしながらランクアップを目指す……って感じだけど」


「却下だ」


 統は即答した。


「なぜに。王道じゃん」

「目立つ。それに、面倒だ。組織に属せば、それだけしがらみが増える」


「まあ、確かにね。統に『はい、喜んで!』みたいな接客業ができるとも思えないし」


「それに、金ならある」

「……ああ、例の手数料ね」


 私はため息をついた。

 そうだった。私たちの懐には、悪徳代官と悪徳商人から徴収した、莫大な「慰謝料」兼「手数料」が唸っているのだった。


「お金は稼がなくても十分あるってこと?」

「ああ。贅沢をしなければ、二十年は食うに困らん」


「二十年!?」


 私は思わず声を張り上げた。

 周囲の人が怪訝な顔でこちらを見たので、慌てて声を潜める。


「十分ってレベルじゃないでしょ。どれだけ盗ん……いや、徴収してきたのよ」


「正当な対価だ」

 統は涼しい顔だ。


 二十年分の生活費。

 サラリーマンが生涯賃金を稼ぐのに数十年かかるというのに、この少年は一晩でそれをやってのけたわけか。

 犯罪スレスレ(というか完全にアウト)だが、まあ、相手が悪党だから良しとしよう。私の倫理観も、だいぶこちらの世界に馴染んできたようだ。


「遊んで暮らす気?」


 ニート宣言だろうか。

 七千年生きた吸血鬼が、異世界でニート生活。

 ライトノベルのタイトルになりそうだ。


「働くにしても、この外見年齢ではな」


 統は自分の小さな手を見つめた。

 十歳児。

 確かに、このナリで「働かせてください」と言っても、門前払いを食らうのがオチだ。せいぜい新聞配達か靴磨きくらいだろうか。


「同行するのなら、そっちの年齢をもっと下げておけばよかった」


 統がボソリと言った。


「は?」

 私は眉をひそめた。

「どういう意味よ」


「お前がもっと幼ければ、孤児院に潜り込むという手もあったのだがな。十五歳では、可愛げが足りん」


 カチンときた。

 誰が可愛くないだ、誰が。

 十五歳といえば、一番華やかで、一番瑞々しいお年頃ではないか。

 JKブランドを舐めるんじゃないよ。


「統が無理でも、わたしなら大丈夫じゃない? 看板娘とか、ウェイトレスとか」


「微妙だな」


 統は私の体をジロリと見た後、鼻で笑った。


「どこ見て言ったし!」


 私は抗議の声を上げた。

 確かに、再生された体は以前より少し「控えめ」になったかもしれない。

 特に胸部装甲のあたりが。

 でも、そこまで露骨に「ないわー」みたいな顔をされると、女としてのプライドが傷つく。


 いつか見返してやる。

 ……何をどうやって見返すのかは、今は置いておくとして。


 気を取り直して、私たちは街の散策を続けた。

 碁盤の目状に整備された街並みは美しかったが、どこか無機質な感じもした。

 建物は立派だが、人の姿がまばらなのだ。

 広い道路に、ポツンポツンと人が歩いているだけ。

 まるで、巨大な舞台セットの中を歩いているような気分になる。


「大きな街で観光地の割に、なんか寂しい感じよね」


「人口がそこまで多くないんだろう」


 統が分析する。


「この街のキャパシティに対して、住んでいる人が少なすぎる。かつて帝都だった頃は、もっと多くの人で賑わっていたんだろうが」


「今は王国の直轄地だっけ? なんか、廃墟寸前って感じもしなくもないけど」


「観光客も、名所とかに集まるだろうしな。ここは居住区だから、余計に静かなのかもしれん」


 なるほど。

 東京で言えば、丸の内や新宿のオフィス街が、休日になるとゴーストタウン化するようなものか。

 いや、ここは住宅街のはずだが。

 まあ、静かなのは悪いことではない。


 追われる身としては、人混みに紛れたい気持ちと、静かに暮らしたい気持ちが半々だ。

 そんなことを考えながら、広い交差点を渡ろうとした時だった。


 前方から、小さな影が猛スピードで走ってきた。

 女の子だ。

 年の頃は、私と同じくらいか、少し下か。

 ボロボロの服を着て、髪を振り乱して走っている。


 その顔には、必死の形相が張り付いていた。


「どいて! 邪魔!」


 叫び声と共に、彼女は私と統の間を、風のようにすり抜けていった。

 あまりの速さに、私たちは呆気にとられて立ち尽くす。


 なんだ、今の。

 と、思う間もなく。


「待てェ! この泥棒猫がァ!」

 怒号が近づいてきた。



「巻き込まれるなよ」

 統がそう言ったが、多分無理だろうなとわたしは確信していた。




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