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旅する不死者は昼も歩く  作者: 真野真名


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41/42

41、ゾンビを連れてピクニック。




「ふぅ……」


 わたしは木刀を下げて、大きく息を吐いた。

 人を殴った感触が、手に残ってる。骨がきしむ感じとか、肉が潰れる感じとか。

 ……うわ、文字にすると最悪だ。気持ちいいもんじゃない。


 けど、前みたいな「吐き気」はなかった。

 心が冷えちゃってるのか、それとも慣れちゃったのか。あるいは、わたしが口走ったように「人じゃなくなった」からなのか。

 わたしは首を振って、そんな考えを追い払った。


 今は、事後処理の時間だ。

 わたしたちは、気絶したり唸ったりしてる盗賊たちを、持ってたロープで縛り上げた。芋虫みたいに転がる七人の男たち。壮観と言えば壮観だけど、むさ苦しいことこの上ない。


 商人の男――名前はブンザさんっていうらしい――が、額の汗を拭いながら歩み寄ってきた。


 小太りで人の良さそうな顔をしてるけど、目はチャリンチャリンって音がしそうなくらい抜け目なさそう。


「いやあ、助かりました。本当に、危ないところでした」


 ブンザさんは深々と頭を下げた。


「お二人が通りかからなければ、どうなっていたことか。積荷だけでなく、命まで危なかったでしょうな」


「いえいえ、通りすがりですから」


 わたしは愛想笑いを浮かべた。

 隣には、御者のダカタさんと、さっき魔法を放った少女が立ってる。

 少女の名はチナちゃん。商人さんの娘さんで十二歳だって。

 栗色の髪におさげが似合う、可愛らしい子だ。


「あの……すごかったです! 棒一本で、あんなに強いなんて!」


 チナちゃんが目をキラキラさせて言った。

 尊敬の眼差しで見つめられると、悪い気はしない。ていうか、照れる。


「まあね、一応、剣術の心得があるから」


 嘘です。あるのは舞台の殺陣の経験と、人外の馬鹿力だけです。


 さて、ここからが本題。

 盗賊は捕まえた。わたしたちは恩人だ。

 当然、期待される展開ってものがあるよね。

 ブンザさんは、揉み手をしながら言った。


「それで、その……お礼と言ってはなんですが」


 来た。


「この先、古都テンペタ・フロップスまで連行して、衛兵に突き出せば、こやつらに懸かった賞金が入るでしょう。さらに、わたしからも幾ばくかの謝礼をさせていただきたい」


 素晴らしい提案だ。異存はない。


「ただ、私たちはオーミで仕入れをしたばかりでしてね。……現金は心許ないのですが、商品でよければ、必要なものをお持ちください」


 渡りに船とはこのことだ。

 わたしたちは顔を見合わせた。


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 わたしとすばるは遠慮なく、商品を見せてもらうことにした。

 荷台には、オーミで買い付けたという食材や日用雑貨が満載されてる。

 統の目が光ったのは、服が入った木箱だった。


七色どれみ。これを買う」


 統が選んだのは、丈夫そうな旅装束一式だ。

 わたしのサコッシュに入ってる服は、どうやらデザインが少し古かったり、素材が高級すぎたりして、この世界じゃ浮いちゃうらしい。現地に馴染む服を手に入れるのは、最優先事項だもんね。


「うん、そうだね。でも、もらうのは悪いから、払いますね」


 わたしはブンザさんに言った。


「いやいや、命の恩人からお金なんて取れませんよ!」


「いいえ、姉が言うように払います。商売は商売ですから」


 統が強引に金貨を握らせる。

 ブンザさんは恐縮しまくってたけど、最後は折れて受け取ってくれた。


 買い物を終えて、一息ついたところで、わたしはこっそりと統に耳打ちした。


「ねえ、こっちのお金ってそんなに持ってたっけ? 大量にあったのって、よその世界のじゃなかった?」


 統は表情を変えずに答えた。


「代官とエチゴヤからもらった」


「……は?」


 わたしは絶句した。

 代官とエチゴヤ。あの悪徳コンビから?


「もらったって、それって泥棒じゃない! おねーちゃん、あなたをそんな子に育てた覚えはないわよ!」


「ふん」


 統は鼻を鳴らした。


「そこは、『育てられた覚えはない』って返すとこじゃないの?」


「お前が言った時点で答え待ってそうだったからな」


「お前って! おねーちゃんと呼びなさい。じゃなくて、お金持って来ちゃったの!?」


 証拠書類だけじゃなくて、金庫の中身まで頂戴してたとは。

 抜け目がないというか、なんというか。


「手数料だ」


 統は平然と言い放った。

 悪を討つための必要経費、あるいは慰謝料ってことか。

 まあ、あいつらの汚い金が、わたしたちの旅費に変わるなら、それもまた社会還元と言えなくもない。……いや、言えないか。


 さて、移動だ。

 盗賊たちを数珠繋ぎにして馬車の後ろに括り付けて、わたしたちはテンペタ・フロップスを目指すことになった。


 しかし、問題発生。

 定員オーバーだ。

 馬車にはブンザさん、ダカタさん、チナちゃんの三人が乗ってる。そこにわたしと統が加わるとなると、物理的にスペースが足りない。

 荷物のせいで中はぎゅうぎゅう詰めだ。


「私が御者台に移りましょう」


 ブンザさんが気を遣ってくれたけど、それでも空いたスペースは一人分。

 詰めたら座れないことは無いけど、さすがに狭いよね。

 残る選択肢は、統をわたしかチナちゃんの膝の上に……。


 視線から何かを感じたのか、統が嫌そうに声を上げた。


「却下で」


 仕方ない、わたしたちは馬車の後部にある、荷物を載せるための出っ張り部分に腰掛けることにした。

 足はぶらぶらするし、振動は直に来るけど、開放感はある。


「私も、そっちに行きます!」


 チナちゃんが元気よく手を挙げた。

 どうやら彼女も、むさ苦しい車内より、風を感じるオープンテラス席(ただし振動と砂埃付き)がお好みらしい。


 こうして、わたしと統、そしてチナちゃんの三人は、馬車の後ろに並んで座ることになった。

 ガタゴト揺れる馬車。

 背後には、ゾンビの行列みたいに引きずられていく盗賊たち。

 シュールな光景だけど、旅の道連れとしては退屈しなくていい。


「ねえ、チナちゃん」


 わたしは揺れに耐えながら話しかけた。

 気になってたことがあるんだよね。

「さっきの魔法、すごかっただね。ファイヤーボールだっけ?」


 わたしの言葉に、チナちゃんは少し照れくさそうに笑った。


「えへへ、ありがとうございます。でも、一発しか撃てないんです」


「一発?」


「はい。私の魔力だと、一回撃ったらもう空っぽで。それに、威力も……見ての通り、火傷させるのが精一杯で」


 彼女は自分の杖を撫でながら説明してくれた。


 この世界だと、攻撃魔法を使える人間はめちゃくちゃレアらしい。

 魔力を持ってる人はそれなりにいるけど、それを体外に放出して現象化できるのは、全人口のわずか2パーセント程度。


 しかも、そのほとんどは「生活魔法」レベルだっていう。


「火をつけるにも着火剤がいりますし、水を出すのも雨の日や水辺じゃないとコップ一杯分くらいしか出せません。風も、うちわで扇いだ方が涼しいくらいで……」


「へえ、結構シビアなんダネ」


 ゲームみたいにMPがある限りドッカンドッカン爆発を起こせるわけじゃないらしい。


 物を動かす「テレキネシス」的な魔法も、せいぜいコインを少し浮かせたり、ページをめくったりする程度。


 そんな中で、チナちゃんのように明確な「火の玉」を飛ばせるのは、超珍しい部類に入るんだって。


「父さんは、『自慢の娘だ』って言ってくれますけど、冒険者としてはやっていけないレベルだって、自分でもわかってます」


 チナちゃんは少し寂しそうに言った。

 連続使用不可。威力はロケット花火程度。

 確かに、これで魔物の群れと戦うのは自殺行為だろうね。


「でも、さっきは助かったヨ。あの一発がなかったら、もっと長引いてたカモしれないし」


 わたしは素直に褒めた。

 威力はどうあれ、あのタイミングで勇気を持って撃ったこと。それが戦局を動かしたんだから。


「ありがとうございます、お姉さん!」


 チナちゃんが花が咲いたみたいに笑った。

 うん、可愛い。

 弟(仮)の無愛想さとは大違いだ。


 隣で統が、興味なさそうに景色を眺めてるフリをしながら、耳だけはこっちに向けてるのがわかる。

 彼にとっても、この世界の魔法事情は興味深いデータなんだろうね。


 馬車は進む。

 乾いた風が、髪を揺らす。

 古都テンペタ・フロップスまで、あと数時間。


 今はただ、この奇妙で、少しだけ賑やかな旅路を楽しもうと思う。

 後ろに繋がれた盗賊たちの呻き声さえなければ、完璧なピクニックなんだけどなぁ。




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