37、詰め込まれた世界
サコッシュ――もとい、私の個人的な四次元ポケットの中には、実に様々なモノが詰め込まれていた。正直、引くほど何でも入っている。
対オオカミ戦で振り回した刀に、護身用の短刀。いろんな種類の金貨や銀貨がジャラジャラと入った革袋。
宝石や装飾品の詰め合わせセット。
いかにも「私、冒険者やってます」という風体の丈夫な服から、舞踏会にでも出るつもりかというくらい場違いで上品なドレスまで。
さらに、下着類も一式揃っている。しかもサイズは、認めたくはないが、腹立たしいほどピッタリだ。
どうやらこれらは、私の体が再生されたときに、統がまとめて放り込んでおいたものらしい。
感覚としては、通販で「博多風鴨鍋セット」を注文したら、鴨肉とスープだけでなく、専用の鍋とカセットコンロ、取り皿、箸、そしてシメのうどんまで全部同梱されていた、みたいな至れり尽くせり感だ。
あの時は薄情にも私を一人で放り出そうとしていたくせに、「どうせ野垂れ死ぬなら、装備くらいは整えて死ね」という、彼なりの歪んだ慈悲があったということか。
「ねえ」
私はサコッシュの中身をガサゴソと漁りながら言った。
「どうして女性物の衣類が入ってるの? しかも、サイズが怖いくらいジャストフィットなんだけど」
「必要だったからだ」
「はいはい、そうでしょうとも。聞いた私が馬鹿でした」
統は涼しい顔で答える。
私が意識のない肉塊だった時にサイズを測ったのか、それとも目視だけでスリーサイズを見抜く変態的な特技を持っているのか。どちらにせよ深く追求するのは精神衛生上よろしくない。
「似た様式のものは選んで入れてあるが、この世界の服とは若干デザインや素材が違う。後で現地調達して、入れ替えておけ」
「買い物行くの? オーミで?」
「しばらく街には入らない」
「あ、そうでした」
そりゃそうだ。
代官所とエチゴヤという、この地方の暗部を盛大にひっかき回した直後である。のんきにウインドウショッピングを楽しめる身分ではない。
「アリアたちと合流した後、オーミを離れる。状況次第では、この国を出る」
「そのへんの旅程は統に任せるわ。異世界放浪、慣れてそうだし」
「わかった」
話が早くて助かる。
私はただの荷物持ち兼、時々戦闘要員としてついていくだけだ。
それより、だ。
「ねえ、食材もいっぱい入ってるんだけど。お米に野菜、肉、魚……これ、消費期限はどうなってるの?」
「問題ない。次元収納の中では変化しない」
「時間停止系?」
「時間停止ではないな。次元収納の中では、原子は止まるが電子は完全には止まらないので、時間は一応流れている」
「……ごめん、日本語で頼む」
「あえて、簡潔に表現するなら、次元収納の中は絶対零度と言って良いかもしれん」
「えーっと。絶対零度? すっごい冷たくなってるってこと? 出した時、解凍大変じゃない?」
「冷たいと感じる感覚を超越している。それに取り出した時点で原子は元の運動エネルギーを取り戻すので、状態は変わらない」
「オケ。入れたらカチンコチンで、出したら元通りってことね」
「魂は停止しないので、全てが元通りにはならないぞ。生体は不変だが、魂は変化する」
話がいきなり科学から哲学の領域に飛躍した。
「魂? じゃあ、生き物も入るの?」
「入る。ただし、魂の活動が活発だと空間そのものに抵抗される」
「下等生物は入るけど、高等生物は無理、みたいな?」
「生物に下等も高等もない。敢えて分けるなら、本能に根ざさない執着の有無、自我の強さだな」
そっか、「きさなら下等生物風情が!」とか「見ろ! 人がゴミのようだ!」とか、統なら言いそうって思ってたんだけどな。
「……虫とか魚はいけるけど、犬猫はダメ?」
「概ね正解だ。ただし個体差はある」
だめだ。これ以上考えても理解できない。そういう物だと思っておこう。基本、すばる界隈はそれで乗り切ろう。
「おっけー把握。人は入らないけど、それ以外はガチャってことね」
「人も入れられ――」
「わかった! もういい! なんとなく理解した!」
これ以上聞いたら、深淵を覗くことになりそうだ。「人も入れられるが、出す時にどうなっているかは保証しない」とか、そういう怖い話に繋がる予感がビンビンする。
「一つ、警告しておく」
統が珍しく真面目なトーンで念を押してきた。
「意識を失っている人や動物は、抵抗しないため入ってしまう場合がある。緊急時、意識のないものを入れて運ぶことは可能だが、長期間入れるな。心が壊れる」
「壊れる?」
「そうだ。次元収納と魂は相性が悪い。心への負担が大きい。個体によっては短時間で壊れることもあるし、中途半端な抵抗があると、身体だけ収納されて、魂が弾かれて外に残ることもある」
「……それは、絶対にやらない」
軽口の裏で、背筋が寒くなるような釘を刺された。
絶対零度がどうとか言われたからコールドスリープ的なものを想像していたら、その実態は「魂と肉体の分離装置」に近いらしい。オカルトだ。
「えっと、まぁ魚とか生きたまま収納できるなら、入れる前にシメなくていいのは便利ね」
「まあな」
「で、その食材よ。私たちが元いた世界のやつも入ってるけど、これ食べていいの?」
「そっちに入れているのは一部だ。非常食として持っておけ」
「お菓子も食べていいよね?」
「……菓子の在庫は、そこまで多くない」
間があった。
一瞬の、しかし明らかな逡巡。
これは、あるな。
ふふふ。変に頭使わされたし、糖分を補給せねば。
***
収納の練習と在庫確認(とおやつのつまみ食い)をしているうちに、気づけば窓の外は茜色に染まりかけていた。
「ねぇ、アリアさんたち、オーミに着いたかな」
「アリアとベルロウが先行しているが、まだ少し掛かるだろう。ゲルトともう一人があとから来ている」
「え? ゲルトさん動いて大丈夫なの? ていうか、なんでそこまで分かるのよ」
統は答えなかった。
たぶん、聞いても「風の匂いだ」とか「血の味がした」とか、凡人には理解不能なことを言うに決まっている。
夜の帳が完全に下りた頃、統が立ち上がった。
「行くぞ」
わたしたちはログハウスを終い、森を抜け、街道沿いの闇に溶け込んだ。
しばらくすると、月明かりの下、数人の影が近づいてくるのが見えた。
金髪の女性、アリア。
猫耳の獣人、ベルロウ。
長身の男、ノッポさん。
そして――大柄な体に包帯を巻き、片腕を失った犬耳の男性、ゲルト。
ゲルトさんたちが早かったのか、アリアさんたちが遅れたのか、四人同時に現れた。
不意に街道に現れたわたしたちを警戒して、歩みを止めた四人だったが、ゲルトさんが気付いたのか、声を掛けてきた。
「ドレミ」
ゲルトさんの顔色は悪かったけれど、その瞳には強い光が宿っていた。「生き残った」という強烈な意思の光だ。
胸の奥が、じわりと熱くなる。
「黙って出て、ごめんだ」
ゲルトさんから聞いたとは思うけど、アリアさんたちに謝った。
「いや、先に行くだろうなとは予想していた。問題ない。それより、オーミには入らないのか? まだ門の閉まる刻限ではないはずよね」
「すでに必要なものは手に入れた」
「え?」
「こんなところでする話でもない。場所を移そう」
そう言って、統は街道から森の中に分け入った。
「えっと。証拠が話すので、とっととついて行けです。ゲルトも休めですよ」
呆気に取られているアリアさんたちに、わたしは統の後をついて行くよう促した。
統ももう少し説明すればいいのに、わたしが丁寧にフォローしたから良いものの。ゲルトさんだって、少しでも早く休ませてあげないとだし。
「さ、森の中は闇です。だがしかし、魔獣の気配は無いませんので幸福です。統のあとをついてけ。よろしいですよ」
「え? ああ、わかった。確かに夜とはいえ、街道でする話ではないな」
そう言ってアリアさんたちを促し、統の後を追って森へと入った。
先程ログハウスを片付けた場所に着くと、統は一回り大きいログハウスを設置した。




