16、二つの軌跡
ティンバーウルフたちを片付けたあと、わたしたちは静かになった街道を歩いていた。
毛皮とか売れそうだし、狼の死骸を持って行かないの? って聞いたけど、「いらん。売るものなら他にいくらでもある」だって。
統の収納には何が入ってるんだろ? 気になるけど、聞いたら後悔しそうな気もする。
夜風は冷たくて、草の匂いがやたらと濃い。
二つの太陽は沈み切り、代わりに月らしき白い光の輪がふわっと空に浮かんでいた。
地球の月よりも大きい。
まるでカラオケのスクリーンみたいで、ちょっと視界の邪魔だ。
「道はこのまま一本だ。追いつけるかどうかは運次第だな」
統は道の土をつま先で軽く蹴りながら言った。
夜目が利く、と彼は言った通り、わたしもやけに世界が見えた。
暗闇というより、薄い影が重なっているだけみたいな景色だ。
「ねえ、統」
「なんだ」
わたしは刀の柄を握ったまま、前を歩く小さい背中に声を投げる。
「わたし……斬れたよね。ちゃんと。二匹」
「斬れたな」
「変な感じ。昨日までわたし、靴に小石が入っただけで“痛っ!”って言ってたのにさ」
「人は変わる」
「吸──ヴァンパイアになったから?」
「それもあるが、死んだからだろう」
統の言葉は、夜風よりも冷たかった。
「一度死んだ者は、だいたい吹っ切れる。死を恐れ続けるのは、生きている者の特権だ」
「……わたし、まだ恐れてるけど」
「なら、生きてるんだろう」
ああ、この人ほんとズルい。
こっちは感傷に浸ろうかと思ってるのに、そっちがその気になった途端に哲学を投下する。
「でも、死なないんでしょ? わたし」
「死なないな」
「なら、刀の練習したほうがいいかな」
「した方がいい」
「“死なないから大丈夫”って言うけどさ……痛いのは嫌なんだよね」
「なら、斬ればいい」
「極論!!」
統はぷいっと前を向いたまま、わずかに肩を揺らした。
笑っているのかもしれない。
街道は右へ緩やかに曲がっていた。
遠くに淡い灯りが見える。
村か宿場か、あるいは夜通しで移動してる馬車か。
「統」
「なんだ」
「わたしさ……フィーネたちを見つけたら、何て言おうかな」
「好きに言えばいい」
「いや、そうじゃなくて……“また会えたね”とか? “心配かけてごめんね”とか?」
「どれでもいいだろう。お前が言いたいことを言え」
「言いたいこと……か」
考えてみると、そんなに難しいことじゃない気もする。
でも、胸の奥のどこかでひっかかっている。
「昨日、死にかけてさ。いや死んだんだけどさ。なんか……ちゃんと誰かに会いたいって思ったんだよね」
「それは良い兆候だ」
「統は?」
「何がだ」
「会いたい人とか、いる?」
統は少しだけ歩く速度を落とした。
暗い横顔が見える。
その沈黙は、わたしの想像していたよりもずっと長かった。
「……いないな」
「そっか」
「長く生きると、別れの方が増える。覚えている者も少なくなる。会いたいと思っても、もういないことが多い」
「寂しくない?」
「寂しさは、慣れる」
「慣れちゃうの?」
「……慣れる」
慣れる。
慣れないと、生きられない。
そう言ってるように聞こえた。
「……統」
「なんだ」
「わたしさ、しばらく統と一緒にいたいんだ」
言った瞬間、胸の内側がざわっとした。
本音すぎて恥ずかしい。
でも、言わなきゃいけない気がした。
「そうか」
統は振り返らずに言った。
「七色がそう言うなら、好きにしろ」
「うん」
「ただし、私は旅が長い。いつでも離れていい」
「離れない!」
「勝手にしろ」
「する!!」
こんなやり取りをしていると、わたしはますます“生きてる”って感じがする。
死ねないけど。
でもまあ、生きてるってことでいいんじゃないか。
灯りが少しずつ近づいてくる。
「村だな」
「フィーネたち、いると思う?」
「運が良ければな。悪ければもう通り過ぎている」
「運が悪い……最近わたし運が悪いこと多いんだよね」
「生きてるだろう」
「それはそうなんだけど!」
統は止まり、ふいにわたしの肩を軽く叩いた。
「七色」
「なに?」
「さっきより歩き方が良くなった」
「え? ほんと?」
「うむ。その身体になじんできている」
「……ふふん」
「何を得意げになっている」
「ほっといてよ!」
そんな会話をしながら、わたしたちは村の明かりのほうへと歩いていった。
草の上に、わたしの足跡と、小さい統の足跡。
二つの軌跡が揺れる夜風に伸びていく。
並んで、同じ方へ。




