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旅する不死者は昼も歩く  作者: 真野真名


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14/42

14、初陣、ザ・チャンバラ



 ティンバーウルフ。

 昨日わたしを八つ裂きにした、あの大型犬の親戚みたいな魔獣たち。


 すばるの言葉を聞いた途端、わたしの背骨はさっきまでの余裕を全部忘れて、あの日の森へ一直線に逆戻りした。

 ほら、よく言うでしょ。

 “トラウマは薄皮を剥がれるように戻る”って。

 あれ、ウソよね。わたしの場合はカーテンレールごと外れる勢いで戻ってくる。


 五匹。

 統が正確に言い当てた通り、闇の奥で五つの光が並んだ。


 目だ。あの、光る目。


「……ひぃ」


 声が勝手に出た。情けない。でも仕方ない。


 だって、あれ昨日わたしの足を持ってったやつらよ?

 そりゃ声くらい裏返る。


 統は、刀の柄に軽く指をかけながら言った。


「一匹はお前にやらせる」


「無理でしょ!?」


「やってみろ。日本人だし、刀は扱ったことがあるのだろう?」


「今時、ヨーロッパの片田舎の人でもそんな認識持って無いわよ! でもまぁ……触ったことはあるわ。ただし、2.5次元の舞台で、殺陣の練習でチャンバラした程度よ!?」


「なら十分だ」


「全然十分じゃない!」


 統は聞く耳を持たず、また次元収納に手を突っ込んだ。

 そこでわたしに向けて、もう一本の刀をスッと差し出してきた。


「持て」


 わたしは思わず両手で受け取った。

 重さは……あれ、思ってたより軽い。

 日本刀というより、舞台用の模造刀の“本気バージョン”みたいなバランスだ。

 刃文がうっすら光っていて、なんだか背すじが伸びる。


「なにビビってんだ。死なないだろう」


「言い方ァ!!」


 死なないけど、痛いのは嫌なのよ。

 わたし昨日めちゃくちゃ痛かったんだから。


「一匹だけだ。殺されはしない。どうせ斬れば終わる」


「そういう問題じゃ──」


 言いかけたとき、前方の草むらがばさりと割れた。


 五匹のティンバーウルフが、弧を描くようにわたしたちを囲んだ。

 灰色の毛並みが波打ち、牙が月光を吸い込んで白く光っている。

 二つの太陽の残照と夜の境目の中、彼らだけが妙にくっきり見えた。


「……わたし一匹でいいから、最初から一番弱そうなの選んでよ?」


「弱いのはもう殺した。残っているのは、昨日お前を追い回した連中だ」


「人選が悪い!!」


「獣だ」


「そういうことじゃなくて!!」


 もういい、話は通じない。

 統にまともな会話を期待する方が間違いだ。


 それにしても、あいつらの唸り声を聞くと、膝の裏がじんじんしてくる。

 人間って、ほんと正直な動物だ。


「いいか、最初は避けなくてよい。真っ直ぐ受ければいい」


「受けるって……何を?」


「攻撃を」


「無理よ!!」


「奴らの牙程度なら致命傷にはならん」


「そういう問題じゃなくて痛いのは嫌なの!!」


「では斬れ」


「急に全部わたしに丸投げした!」


 


 ティンバーウルフたちは、わたしたちのやり取りを不思議そうに見ている。

 たぶん狼語でこう言ってる。


 ──おい、あの人間、昨日のやつじゃね?

 ──今日も食べる?

 ──いや、あれ硬そうじゃない?

 ──いやいや、一口だけでも……

 ──やめとけ昨日の味思い出せ。

 ──あれ意外と美味かったよ?


 ……みたいな。


 違うかもしれない。


七色ドレミ


「なに」


「来るぞ」


 統の声と同時に、一匹が飛んだ。


 いや、飛んだっていうか、弾丸みたいだった。


 空気が「ビュッ」と裂ける。

 反射的に身をすくめ、刀を胸の前に出す。

 殺陣でやった「とりあえず形だけ構え」はこんなとき本当に役に立たない。


 ガツン、という衝撃が刀を通して腕に走る。

 でも不思議と痛くない。

 重いだけ。


 受け止めた、というより、体ごと押されて草に転がった。

 狼は距離をとって着地し、また低く唸り始める。


「ほう、悪くない」


 統が後ろから言った。


「悪いわよ! 今ので普通死んでるわよ!」


「死なないから問題ない」


「だからそういう問題じゃ──」


 言い終わる前に、二匹目が飛んできた。

 今度は横から。


 咄嗟に刀を横にして受けたら、狼の牙が刃にかち合った。

 火花が散った。

 狼はそのまま地面に落ち、転がった。


 ……あれ、これ意外といける?


「一匹やれと言ったが……二匹やるか?」


「やらせる気満々じゃない!!」


 でも、心のどこかに、変なスイッチが入っていた。

 統の余裕のせいかもしれない。

 死なないと言われると、強気になるのが人間の悪いところ。


「ほら、一匹来たぞ」


「ひぃ」


「斬れ」


「ひぃを無視した!!」


 


 狼が三度、飛んだ。

 今度は正面。

 距離が近い。

 避けられない。


 だったら──


 刀を下段から思いきり振り上げた。


 演劇のとき、殺陣の先生に言われたセリフがよみがえる。


 「斬るんじゃない、“通す”だけだ」


 わたしは、その言葉の通りに腕を伸ばした。


 ──すっ。


 空気を割るような音。

 重たい抵抗。

 肉の奥に刃が通る感触。


 狼の体温が一瞬、刀を通してわたしの腕に伝わった。


 次の瞬間。

 狼の体は横に滑り、ドサっと音を立てて落ちた。


 ピクリとも動かない。


「…………え」


 わたし、斬った?


「ほう。見たか、七色」


 統が淡々と言う。


「……わたし、今、斬った?」


「斬った」


「マジで?」


「マジだ」


「演劇でチャンバラやってただけなのに?」


「関係ない。身体能力が跳ね上がっている」


 言われてみれば、腕が妙に軽い。

 視界もやたらクリアだ。

 世界の輪郭がハッキリしている。


「二匹目はどうする?」


「まだやらせる気なの!?」


「残り三匹だ」


「増えてる!?」


「一匹は私がやった」


「それ早く言って!!」


 


 残った三匹の狼が、低く姿勢を落としてわたしたちを囲む。

 その目は、もう完全に“狩りモード”だ。


 でも、さっきまでの絶望感はなぜか薄い。


 自分でもよくわからないけど──


 斬れた。

 一匹、確かに倒した。


 その事実が、胸の真ん中で温かく灯っていた。


「行け。もう一匹はお前だ」


 統の声が、やけに遠く聞こえた。


 


 足を踏み出す。

 草を蹴る。

 刀を握る手が震える。


 けど、進んだ。


 狼の目がわたしを捉える。


 わたしも、狼を見据えた。


 


 ──次の瞬間、二つの影が重なった。


 夜の草原で、わたしとティンバーウルフの、本当の戦いが始まった。




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