第23話
◇◇
時は過ぎ、秋の終わりがすぐそこまで迫ってきた頃。
夜空に輝く月の終わりさえも、死神は予言するのだろうか。
そんな哲学めいた思想を頭に浮かべながら、僕はぼんやりと病室から外を眺めていた。
いくばくもない余命と、どこも悪くない健康体の二つが存在している僕の中。その矛盾について、きまって夜になると、重々しい不安に悩まされる。それを窓の外へ放り出そうと、ともすれば閉じそうになる眼を必死に開けるのが、僕の日課なのだ。
白一色の病室は、夜になれば濃い紫色に染まる。明かりもつけず、無機質な窓から見えるのは、片側一車線の道路を挟んだ向こう側にある小学校の広い校庭だ。
極限まで薄くした窓ガラスとはいえ、一枚挟んでいるのといないのとでは、感じられる景色もまったく異なるものだ。僕は無意識のうちに窓を開けた。すると、待ってましたとばかりに冷たくなった空気が、夜風となって部屋の中へなだれ込んでくる。
AIやディープラーニングという、極めて人間主義的なテクノロジーによって、木枯らし一号の吹く日までもが正確に予報できるようになった現代において、秋の終わりにカーテンを揺らす夜風に郷愁を覚えるのは、はるか昔から許されている日本人の特権と言えるのかもしれない。
「今日は『俺たちの日』か……」
これまでの19年の人生で、たった一度しか経験したことのないその日。だが僕にとって、いかに特別な日であったのかは、熱を帯びた吐息からしても明らかだ。その一方で、自分でも感じられる背中から漂う哀愁は、自身の選択を非難し、特別な日を孤独に過ごさねばならぬことを嘆いているようであった。
島を出てから今日まで、様々な実験治療は行われた。
それでもまったく結果は伴わず、僕の余命は残り1ヶ月をきっている。
ともすれば挫けそうになる心を、夢美や陽太、僕の家族、そしてパソコンのライブカメラを通じてハルコ先生やレイナ先生が励ましてくれたんだ。
けど、死神の姿が目に見えて大きくなるほど、抑えきれない不安や恐怖が僕の心の隅にはびこり、その根を着実に広げつつあるのは否めなかった。
――わたしたち、もう一度、恋をしよう!
あの言葉を胸に浮かべて奮い立たせる。
そうして良い夢が見られると思えたところで、僕は窓を閉めた。
「明日も早い。寝よう」
自分に言い聞かせ、ゆっくりと窓から背を向けようとする
だが次の瞬間だった――。
――ドオオオオン!!
腹に響く重低音とともに、目に飛び込んできたのは打ち上げ花火だった。
赤一色の大輪が漆黒の空に鮮やかに咲いている。
「赤だけの花火……」
その直後、脳裏をよぎったのはメイの弾んだ声。
――赤の花火をジュンペイに届けるの!
ドオンと響く花火の音とともに、現実に引き戻される。
そして、ばちんと心の中で何かが弾ける音がした。
「メイ……!」
その名を口にしたとたんに、僕は病室を飛び出した。
長い廊下を疾風のように駆け抜け、病院の外に出る。
直後から吹きつけてくる秋風。
でも僕は冷たいとか寒いなんて感じなかった。
なぜなら、
――君に会いたい。
ただその一心で僕のすべてが埋め尽くされていたのだから。
僕は全力で走った。
胸のうちに巣くっていた不安と恐怖が蜘蛛の巣のように、僕のいく手を阻もうとする。
しかし僕は止まらない。
「メイ、メイ!!」
庭を抜け、道路を越える。
見えてきた人々の姿。
ハルコ先生がいる。
屋島花火工房のテッチャンと花火職人たちがいる。
でも僕が吸い込まれていったのはただ一人。
メイ、ただ一人なんだ!
「メーーーーイ!!」
「ジェンペーーーーイ!!」
――ガシッ!
僕は彼女の華奢な体を目いっぱい抱きしめた。
彼女もまた僕の背中に手を伸ばし、ぐいっと引き寄せてくる。
言いたいことは山ほどあるのに、言葉が出てこない。
それはメイも同じのようだ。
でも耳元で聞こえてくる彼女の息遣いだけで、溢れ出る喜びは伝わってきたんだ。
どちらからともなく僕たちは離れて、顔を合わせる。
彼女の全身が目に入ると、思わずクスリと笑みがこぼれた。
「メイ、その格好って、病衣だよね?」
暗い中でも彼女がきているのは病衣であることは分かる。
メイはぷくりと頬を膨らませた。
「だって、出発間近まで治療、治療ってうるさかったんだもん!」
彼女がちらりと横を見るとそこには、背の高い外国人の女性と男性が立っている。
「まさか、メイ……。あの人たちって……」
「あは! 先生と看護師だよ」
「え? どういうこと?」
「連れてきちゃった!」
「連れてきた?」
「うん! 今日からわたしはジュンペイと同じ病院で治療を受けることにしたんだよ!」
「なんと……」
彼女は『俺たちの日』に合わせて治療を終えて欲しいと入院時に伝えていたらしい。しかし治療は終わらなかった。そこで彼女はスタッフごと、日本に連れてきてしまったというのだ。
もちろんナンチケン側の了承は得たらしいが、相変わらず彼女の強引な行動力には空いた口がふさがらない。
でも、
「これからはずっと一緒だよ!」
無邪気に笑う彼女を見れば、「それもありか」と思えてしまうから不思議なものだ。
――ドオオオオン!!
グラウンドの隅から打ち上げられる花火は、まるで僕たちの再会を祝福しているようだ。
メイは真上を見上げながら続けた。
「ねえ、ジュンペイ。届いた? わたしの真っ赤な花火」
「うん、届いたよ」
「よかったぁ」
メイは僕に視線を戻して、心の底から嬉しそうに目を細めている。
僕はそんな彼女の唇に自分の唇を優しく重ねた。
メイはみんなの前で、僕からキスをしてくるとは思わなかったのだろう。
頬を桃色にして目を丸くしている。
僕は穏やかに問いかけた。
「僕の気持ちも届いたかな?」
小さく空いた彼女の口が大きな笑み変わっていき、瞳はキラキラと輝き始めた。
そして天を震わせるような声で答えたのだった。
「うん!! いっぱい届いたよ!!」
と――。




